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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう20年生活しています。
ドイツ人の夫と3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手や他のスポーツ、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 


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中国人のママ友  その2

彼女のパーティーで圧巻だったのは実は豪邸だけではありません。
彼女がみなに発表した、彼女の人生の紹介でした。

最初は「親愛なる友達の皆さん」と、そのパーティーに来た友人たちとの思い出を、その友人たちと過ごした昔の写真を紹介して、それはそれでほのぼのと美しかったんですが、最後に彼女は自分のお祖母さん2人からお母さん、そして彼女の子供時代の紹介を始めたんです。

お祖母さん2人が纏足をしていたこと、一人のお祖母さんはそのために最後まできちんと歩くことができなかったこと、そしてもう一人のお祖母さんは纏足がいやで、彼女が20歳の時に自分で纏足を取り払い、家を出てしまったこと。

そしてそのお祖母さんは結局ある日を境に行方不明になってしまい、彼女のお母さんはその19歳の時から、そのお祖母さんとは
2度と会うこともなく、でもいつまでも自分のお母さんを探していたこと。
また大学で優秀だったお母さんはそれまで皆の見本ともてはやされた生活が一変して、チャンスのない生活へ落とされることになり、労働ばかりさせられてしまったこと。
彼女が生まれた家は石のブロックが並んでいるようなもので、穴のような中に部屋はひとつ、その中にはまともな家具もなく、赤ちゃんだった私の友人の彼女は5歳くらいまでいつもお腹がすいていたことなどを、わずかに残った写真つきで皆に紹介してくれました。

写真は本当にその石の穴のような家の前で撮ったものがひとつ、それからは彼女の大学まで間の写真は1枚もなかったそうです。

私は彼女のこと本当に何も知らなかったんだと、この一連の話を聞いて心からびっくりしました。
そしてそんな背景をかかえた彼女が、医学部で勉強して頑張って、奨学金でドイツへ来て、今の主人と結婚して、ドイツでジ女医さんとして働き、自分の力でこの幸せを勝ち取ったことを心から賞賛します。

彼女と私が誕生した日は数日差で、息子同士もこれまた数日違いで誕生しています。
主人同士は年が違いますが、同じ理系の学者で出身大学が同じなうえ、2人は誕生年は違いますが、こちらも誕生日はとても近いです。
そして彼女のお母さんは家族の制度に反対したため迫害され、私の母方の祖母は日本で共産党に入り県警に追われ(彼女のお祖母さんも私の祖母も、当時では非常にインテリで志の高い、少なくとも私とは全然違う芯のある強い女性達でした)、また彼女のお母さんは東京に住んだことがあり、私の母も当時植民地にしていた満州に住んだことがあり、彼女の祖母と私の祖母は台湾に住んだことがあるという、なんとも奇妙な符合がたくさんあるんです。
ただ満州のうちの母は開拓団としてではなく恵まれた商家のお嬢様として、本来であれば平民では入れない皇帝溥儀の姫君も通っていた名家の子女のための錦ヶ丘女学校へ通い、私の祖母も当時日本が統治していた際に高等弁務官だという地位の祖父の親戚のもとで、彼女は私の祖父と新婚生活を送っていたということなので、彼女のお祖母さんとお母さんが中国人として台湾と東京で暮らしたのとはまた違う生活だったのではないかとは思われます。。。

そしてそんなことからも考えあわせると、日本人として東京で生まれ不自由のない生活を送った私と、中国人として中国の田舎(しかもなにもなかった)で育った彼女と比べると、私の人生はなんて意味のないものだろうと思えてしまいます。
彼女とこれほどたくさんの共通点がありながらも、努力で何も成し遂げることのできなかった私は、全く彼女のとは違う人生を送っているわけで、彼女を見ると「人はどんな境遇で生まれても、頑張れば自分の力で運命を切り開けるものなんだ」と確認させられます。

正直彼女の人生に感動させられました。そして友人として誇りに思います。

そして私との昔の写真をひっぱりだして、思い出を語ってくれた彼女の優しさにも、とても心がふるえました。

色々な意味で大変勉強になった、そして素晴らしい夜でした。

中国人のママ友

昨日は中国人のドイツへ来て以来の友人の50歳の誕生パ-ティ-でした。
長男がそこの一人息子君と同じ年で、幼い頃には結構よく遊び、小学校もギムナジウムも一緒でサッカーチームも一緒だった時代もあるかなり親しくしていたママ友の一人です。
半年くらい前に新しく家を購入したとは聞いていたんですが、昨日初めてその新居へ行き、あまりの豪邸ぶりにびっくりしました!
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まずはこの美しいリビングルームですが、今回の30人というお客さんが充分全員座れてくつろげる、まるでレストラン並みの大広間。
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地下にはこんな素敵なバーもありましたし(でもドイツの家には結構こんなパーティー部屋はあったりするんですが)
2階から見た景色も緑の囲まれ美しく
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地下から1階へ行く階段ひとつとってもとにかく素敵で、サウナはもちろんトイレもシャワールームも3箇所以上はあるようでした。

ご主人は少々年配の専門大学の教授で、彼女は女医さん(ここドイツで)なんですが、ここまで豪邸を購入するとは思ってもいませんでした。
というのも一人息子さんがもうすぐ大学生になるので、家を出ることになり、この豪邸で夫婦2人での生活が始まるし、少しご主人が年配の方なんで、次回家を買い換える際は2階のない平屋をと以前言っていたからなんです。
私は他の友人もみんな割合大きくて美しい家に住んでいますが、この家ほどゴージャスな家は正直あまり見たことがなくて、土地が安いドイツでも珍しいほどの豪邸なのでは、と思われます。
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最後は宴も終わりごろに顔を出した長男と彼女の息子さんと4人で記念写真を撮りました。
うちの長男と一人息子君はなんと同じ大学(ちなみに共に父親の出身大学ですが)へ行くことになったので、またこれから新たに違う世界が始まりますが、今度は大学で二人は時々会うことになるのでしょうね。
アビィの成績がが2,1だったうちの息子は化学へ、ここでもなんと同じく2,1だった彼は機械工学科へと進む予定です。

美しい豪邸で、本当に楽しい夢の一夜を過ごさせてもらいました。

サロン・フランセ

今日はフランス人の友人宅でに月に1回の Salon français でした。
彼女もボランティア精神にあふれているので、フランス語を話したい人達、または話せる人達が月に一度彼女の自宅へ集まって、
「フランス語を話そう会」の集まりをしているんです。
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いつもは8人くらいいるのですが、今日のゲストは私ともう一人ベルギ-人のマダムだけでした。
ということで、自然とベルギ-中心の話題になったんですが、彼女はゲントの出身なんですが、すぐ近くのアントワ-プが舞台の「フランダ-スの犬」はやはり全く知りませんでした。
「今日本人観光客のためにパトラッシュの像もあるんですよ」というと、2人とも驚いていました。

それからついでに長年の疑問を聞きました。
今週の日曜日もベルギ-のある街でお店でフランス語で話したら、その後主人にまたもや注意されたんです。
「ここはフラマン語の地域、フランス語は失礼だからやめてください」と言われました。
主人曰く、ワロニ-人の高慢ちきな「あぁ、私はフランス語だけしゃべるのよ」という態度は(私はそうではないんですが)フラマン人には腹立だしいことなんだそうで、それを私のような外国人(しかも東洋人)がしたら尚更感じ悪いとのことでした。
フラマン系ベルギ-人の彼女に是非聞いてみたいと思い、質問するとやはりその通りで、フランス語はどうも感じ悪い言語なんだそうです。
主人にはフラマン語がしゃべられないならせめて英語にしてくれと言われてしまいました。

色々国ごとに内情があるんですね。
面白いですね。


現在うちの次男はフランスに交換留学中で、明日帰宅します。
少しはフランス語が上手になっているか楽しみです。



イタリア人マダム お茶会

今日はイタリア人のおばさまのお茶会でした。
チョコレ-トケ-キ、アプリコットケーキ、ラバ-ブケ-キ、ミルヒライス(お米)ケ-キ、そして私の大好きなリンゴクルミケ-キもありました。少しずつほぼ全種類いただきお腹いっぱいになりましたが、おいしくて楽しかったです。
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いつもよく会うドイツ人のご婦人と今日も隣になったので、
「先日Kさんに(共通の知人)ダライ・ラマの本をいただいたんですが、大好きなんでドイツ語だけど頑張って読みます」というと
「あぁ、私も彼女にもらったわよ、私も彼好きだわ」とおっしゃるので
「そうですか?!! またどうして?」と聞くと
「私、会ったことあるのよ」とおっしゃるではないですか。
「え、またご招待されたんですか?」と聞くと案の定その通りで、ダライ・ラマ氏がドイツへ国賓としてみえた際に、ドイツで有名な方達がやはりそこへ招待されて、なんでもお目見えする機会があったのだそうです。
今までそのご一家は天皇陛下はじめ、イランの王様や、デンマ-クの王様方にも招待されたことは知っていましたが、まさかダライ・ラマ氏までとは知りませんでした。
今日一番のびっくりでした!!

でもその会合はたくさんの方も来ていらしたため、そのご婦人一家のようにVIPとして招待された方は、確かにダライ・ラマ氏のおそば近くまで行き、白いショ-ルを手渡しでいただいたものの、でも会話をかわすようなことはできなかったそうです。

それにしても光栄なことですよね。
ダライ・ラマ氏のおそばへ生涯一度でも行けたら、なんだかすごく良い゛気゛を分けてもらえそうで、その゛気゛が生涯守ってくれそうな気さえしますが、でも私は残念なことにダライ・ラマ氏はとても遠くから本で彼の生涯を読ませてもらうくらいくらいしかできないですね。

このご婦人は、今までよく偉い方と会ってきたような方なんですが、いつもとてもナチュラルで自然体で、本当に心から優しくて、でもあっさりしていてとても素敵な方で本当に大好きです。

そして今日招待して下さったイタリア人のおば様はまたちょっと違うタイプですが、彼女のお祖母様が男爵令嬢だったということで、
その貴族の血筋のせいなのかイングリット・バーグマンのように美しい方です。

私より20歳くらいは年長のおばさま達と、こんな風に一緒に時間を過ごさせていただくのは、私の人生の楽しみのひとつでもあります。今日も楽しい一日でした。神様に感謝したいです。
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シリア人のかわいいお客さま

昨日はお友達をたくさんよんでお雛祭り(?)をしました。
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総勢11名でまず、ブランチを食べてから、その後ののデザ-トタイムがこちら。
一番上はフランボワ-ズとマスカポ-ネのケ-キ(下の段はチョコレート生地)、こちらは私が作りました。
2番目のお皿はお客様の持参のお菓子。
一番右のチョコマフィンはこれも私の手作りですが、左側の抹茶クリ-ムがはさんであるピンクのマカロンは、フランス人のママ友手作りのですが、彼女のマカロンは正直天下一品、買ったものよりずっとおいしくて大好きなんです。
そして真ん中はシリア人のお客さんの持参のトルコのお菓子でしたが、こちらもほっぺたがおっこちそうなくらいに最高に美味でした。

実は昨日の会はこの町に住んでいるシリア人の女性を皆で囲んで楽しい会を、ということが目的でもありました。
彼女のご主人はシリアではお医者さんで、彼女自身は化学を専攻している大学生でした。
でも戦争がはじまって研究も仕事も続けることができなくなり、2年前にここドイツに引っ越してきたそうです。
彼女達は移民ではありますが、難民ではありません。
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昨日来てくれたゲストは、ドイツ人、フランス人、イタリア人、インドネシア人、日本人と国籍も様々でしたが、そのほとんどは難民受け入れを基本的に賛成したい方が多く、難民を受け入れた後のボランティア活動を積極的に手伝っている方もいましたし、機会があれば是非手伝いたいというような方達ばかりでした。

困っている人達に自分のできる限り優しくしたいと思う友人達の中で過ごす時間は、楽しいだけではなく、同時にまた心が癒される貴重な時間でもありました。
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その上こんなきれいなお花もたくさんもらい、幸せな時間はあっという間に過ぎ去りました。
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お客様が帰ったあとには、マルゴもお花を見にきてました。

そしてもう一つ私が幸せだったのが、シリア人のお嬢さんの抱っこさせてもらったことでした。
めちゃくちゃかわいい少女で、この子がここドイツで幸せになることを願ってやみません。
本当にすっごくすっごく美人な1歳の女の子でした。

女の子はやっぱりいいなぁ…。
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彼女を抱っこ、幸せな私
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