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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう16年生活しています。ドイツ人の夫と、3人息子、そして一人娘(?!)の猫マルゴと共に、ドイツの子供の生活、ドイツサッカ-をはじめ、テニスやブレイクダンス、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 

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「永遠のゼロ」



「永遠のゼロ」(百田尚樹 著)を読み終わりました。
児玉清さんが「僕は号泣するのを懸命にこらえた」と
書かれているように、日本人であれば
誰もが心から感動できる本だと思います。

実は私は、ゼロという戦闘機のことはよく知りませんでした。

「零戦は本当に無敵の戦闘機でした。連合軍には零戦と互角に
戦える戦闘機がなかったのです。イギリス空軍の誇るスピット
ファイアも零戦の敵ではありませんでした。あのバトル・オブ・
ブリテンで、ドイツのメッサ-シュミットからロンドンを守ったと
いう名機も零戦の前にはむなしく撃墜されるだけだったのです。…
(中略)…多分に日本という国を侮っていたということもあるでしょう。
航空機というものはその国の工業技術の粋をあつめたものです。
三流国のイエロ-モンンキ-たちに優秀な戦闘機が作れるわけがないと
思っていたのでしょう。たしかに当時の日本はまともな自動車さえ
作れない国でした。ところが零戦はそんな三流国が生み出した奇跡の
戦闘機だったのです。若い設計士たちが死ぬほどの努力を重ねて
作った傑作機でした。」(本文より)

そして搭乗員は過酷な訓練に耐えた、当時世界で一級クラスの
パイロットだったそうです。アメリカからはゼロファイタ-は
デビルと呼ばれて怖れられ、飛行中に任務遂行を中断して撤退しても
良い場合として、
「雷雨に遭遇した時、あるいはゼロに遭遇した時」と書かれていたほど
向かうところ敵無しの戦闘機だったのです。


本には「真珠湾攻撃の真実」「特攻隊の真実」など様々なことが
元兵士たちの回想という形で語られていきますが
この本を読んだら、テロを「カミカゼ」と呼ばれることは
日本人の誇りが許さないでしょう。
戦後、日本を誇ることを無理やり忘れさせられた日本人ですが
日本は素晴らしいことがたくさんあります。
そして「特攻隊」は日本軍が当時選択した、とても悲しいこと、
あるいは間違ったことの1つでしたが、でも死んでいった
まだ若かった彼らの「祖国を守るため」という思いの深さを
私達日本人は忘れてはいけないのではないでしょうか。
今の日本の発展は、あの時の私達のために戦ってくれた兵隊さんたちの
流した血と、そして犠牲の上にあるのは動かしようのない
事実なのですから…。私は心からそんな日本人の子孫だということを
誇りに思います。
この本はそんなことを強烈に思い起こしてくれた1冊でした。


話は全く変りますが
当時、自動車も作れかった日本が世界一流の戦闘機を作り、
現代ではミッシュランガイドにて星の数で日本はフランスを
ついに追い抜きました。

Wikpediaによると、

『総責任者ジャン=リュック・ナレはレストラン数の多さに加え、
日本料理の料理人に数世代、数百年かけて伝えられた料理人固有
の技術と伝統の継承性、専門性を高く評価する姿勢を示しており
「日本の料理人は、15年も20年も修業して伝統の技を受け継ぐ熱意
を持っている。そんな国、欧州にはどこにも残っていない」
「世界一の美食の都は他を大きく引き離して東京だ。2番京都、
パリは3番。日本は食べるだけの目的で行く価値がある国だよ」と評している。』
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%8
3%B3%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89より_)
とのことです。

60年前に戦争で負けてあれほど貧しかった日本が、
食という本当に豊かな社会にだけ許される贅沢で、
今では世界一になったこの日本を、見せてあげたかったです。
これほどの日本の繁栄を見ることなく、亡くなっていった
第2次世界大戦での特攻隊員、あるいは無名の兵士の方々に対して、
いつまでも誇れる日本であり続けてほしいと切に思います。


最後にもう1つだけ、素敵な場面を書かせて下さい。

この本の中で、特攻で亡くなったお祖父さんの真実を
調べている主人公が
「1つだけ教えて下さい、祖父は祖母を愛していると言っていましたか」と
お祖父さんの当時の戦友に尋ねた時の返事です。
「愛している、とは言いませんでした。我々の世代は愛などという
言葉を使うことはありません。…彼は、妻のために死にたくない、と
言ったのです。」
「それは私たちの世代では、愛しているという言葉と同じでしょう」

「愛している」という言葉以上の想いを、持っていた世代でした。



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