プロフィ-ル

マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう18年生活しています。ドイツ人の夫と、3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手やブレイクダンス、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 

小鳥たちが飛び回るブログパーツ(Twitter連携可)
ランンキングに参加中です。
ぽちっと!クリック嬉しいです。 ブログランキング・にほんブログ村へ
日本ブログ村ランキング
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

木内昇さんの『寂しさの考察』 

「孤独」について書きます、と言ったのにはわけがあります。4年位前に偶然新聞で読んだ日本経済新聞のコラム欄に作家の木内昇さんが書いていらした「寂しさの考察」があまりに完璧で素晴らしかったので一度紹介させていただきたいと思ってました。色々な方に是非読んでいただきたい、と思ったのは一番ですが、読んだ際にあまりに感動して切り抜いて、私の10年日記にはさんであり、今はまだいいけれど、あと20年もしたらきっと色が褪せて読めなくなってしまう前に、ブログに書いておけば一生大事にとっておけるかしら、とも思いました。ということで自分自身のためでもあります。
以下青字になっているものが木内さんの「寂しさの考察」です。


 だいたいにおいて、私は寂しい。状況的に、というよりも気持ちのどこかで寂しさを感じている。とはいえ一応家族もあるし、学生時代からの友達や信頼できる仕事仲間にも恵まれている。なんだ、それじゃあちっとも孤独とは言えんだろう、と呆れる向きもあるかもしれない。でも「孤独」がすなわち「寂しい」とは限らないのだ。ある人にとってそれは、至福であり悦楽である。私もまた、孤独を好むひとりだ。
  では、この始終つきまとっている寂しさはなにか? といえばそれは、とてもおおげさな物言いになってしまうが、有限なものに対してつい抱いてしまう感情な のだと思う。人にしても物にしても、そのほとんどは、永遠に同じ形をとどめることなどできない。本ひとつとってもそうだ。装幀(そうてい)作業の際、指定 通りの色が出るまで何度も印刷所に刷り直しをお願いすることがあるのだが、これほど手間をかけて作ってもカバーの色味は、いずれ日焼けや経年によって様変 わりしてしまう。本棚にさしておいたために、背表紙だけあせてしまったりもする。そんな未来を知りながら、それでも作り手は細部にこだわり、内容にふさわ しい装幀を突き詰めるわけである。
人もまたしかりで、どれほど誰かを大事にし、どんなによい関係を築いたとしても、未来永劫一緒にいることはできない。どこかで必ず別れが来るし、いつかは自分自身とも切り離されてしまう。そうと知りながら、日々を送る中で誰しも、さまざまに考 えたり悩んだり感じたりしている。そこで生じる、正直で真摯でその人らしい内なる声のほとんどは、心中をのべつまくなしに垂れ流す人は別にして、基本的に 本人しか知り得ないことだったりする。
 例えば私が、小腹が空いてひとりで蕎麦屋に入ったとする。別に期待もせずに出てきた 蕎麦をたぐると、驚くほどうまい。「おお!」と胸中で叫んだ声を、しかし誰も知らない。また例えば、話し相手にこちらの意図がうまく伝わらないとする。諦 めて黙ったあと、「そうじゃないのになぁ」と思ったのも、私だけが知ることだ。ささいな事柄だが、こうした思いはいずれも、一度も表に出ることなく、いつ か私とともに消えてしまう。そう考えればやはり寂しい。
 けれどこうした寂しさには、なんというか、独特の甘やかさが含まれているような気 がするのだ。色あせた本も、ペンキのはげた建物も、すり減った靴も、そのもののあるべき形こそ失ってはいるが、とても美しく見える。それらが経た、語られ ることのない日々が無二の美しさ愛おしさを形作るのである。
「今」は次の瞬間「過去」になり、人も時を経る中で、外見や考え、価値観を変じていく。その過程で語られることのなかった思いは、単に蒸発して消えるのではなく、個々の内に堆積して、その人特有の風味を生みなしていくのではないだろうか。
 かつて、建築を専門にしている知人が言っていた。
「汚れが簡単に落とせて手間いらずの外壁や建材ってあるでしょ? あれって便利なんだけど、古くなったとき、ただ薄汚くなるんだよね。いい朽ち方をしないの」
 寂しさというのは、マイナスの印象が強い感情だけれど、忌み嫌うものではない。むしろ、手の平で慈しむようなたぐいのものではないか、と思っていたりする。



色々調べると、偶然にも本当にほぼぴったり4年前(今日は2016年の2月8日)の2012年の2月9日の日本経済新聞の夕刊に載っていたものでした。会員登録が必要ですが、日本経済新聞の電子版でもまだ読めるようです。

木内昇さんは女性の作家さんなんですが、すごい才能の方ですね。この文章が本当に好きで、何回読んでも読むたびに感動してしまい、孤独の中にある幸せをかみしめてしまいます。



COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

FC2カウンター
バルセロナ
全記事表示リンク
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。