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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう20年生活しています。
ドイツ人の夫と3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手や他のスポーツ、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 


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イスラム社会から見た欧米 その1

今日はイスラム諸国がなぜ反米感情があるのか考えたいと思います。
そもそも一連のテロ事件の要因はどこからきているのか、イスラム諸国の視点からこの問題を見ていきたいと思います。

ことのはじまりはイラク戦争でしたが、もとはといえばこのイラク戦争はイランの石油権益に対する、米英とイランの対立が発端でした。第二次世界大戦後、アングロ・イラニアン石油会社(現在の国際石油資本スーパーメジャーと呼ばれる6社の内の一社BPの一部)が設立され、イランがイギリスと結んだ協定で、イギリスはなんと85%(イランはたったの15%)の割合でイランの石油利権を分割することになっていたのだそうです。

他国を植民地化できない社会情勢になっても、イギリス人たちの可能なところから出来る限り略取するという長年の基本姿勢は全くかわっていなかったようです。しかしいくらなんでも不公平だろうと声をあげはじめたイラン市民達の運動により、イラン政府が石油はイラン市民のものと国有化を決めたのが1951年。
これにより石油権益という多大な恩恵を失った欧米が考えたことは、国際石油資本によるイラン石油の国際市場の締め出し、とどめがアメリカ政府、イギリス政府が画策した1953年の国王派ク-デタ-でした。
このク-デタ-の真の目的は石油利権を米英が獲得するためであり、イランは真の自由主義の国になったわけではなく、ただの欧米傀儡体制でした。

これが後に「イスラム原理主義勢力」が出現する大きな理由となります。欧米から不利な条約を無理矢理押し付けられ、搾取され続け、経済破壊になり、その上文化まで取り上げられれたら、激しい憎悪が生まれるということは誰にだって想像がつくでしょう。
そこらへんの想像力が極端に足りないのが欧米社会の特徴ですよね。いつだって他国へ侵略して財宝も富みも根こそぎ略奪して、現地人を奴隷として支配し続けた大国の長年の常套手段なので、それが許されるという勘違いからどうしても抜け出せないようです。

そしてこんな欧米に対して民衆がついに1979年、イラン・イスラム革命を起こします。でももちろんこんなことで不公平条約の撤廃に応じる欧米諸国でないことは日本人はじめ中国人、インド人だって世界中の誰もが知っているわけなんですが、その次はこれまたお得意の大好きな「経済制裁」です。
それでもまだしぶとく頑張るイランに対して、米英は次に隣国イラクを利用することを思いつきます。欧米でイラクに武器支援をして準備をすすめ、両国の領土問題を煽り、サダム・フセインに対する最大の協力を惜しまずイラクの軍備を強化させます。

イラン・イラクどちらが勝っても負けても(一番いいのは両国の崩壊ですが)欧米には望ましい結果となるはずのこの戦争は8年にわたり140万人の犠牲者を出す戦争となりました。なのにアメリカはなんとこの戦争で武器売買による増大な利益をも獲得するという厚顔ぶりを発揮します。

そんな中、イラクを支援していたはずのアメリカは裏ではイランとも武器取引を行っていたことが発覚!!

1988年に両国の疲弊により、この戦争は終結、そしてそのわずか2年後にイラクと欧米の湾岸戦争が勃発し、極悪人サダム・フセインという構図が描かれます。

この戦争はではなぜ起こったのでしょうか。
イラン・イラク戦争でアメリカの裏切りにあったイラクに残されたのは600億円もの債務、農業も工業も破壊され、膨大な武器だけが手元に残されました。その上、他国による石油の不正搾取でした。

当時のフセイン政権の主張は

 ・イラクにおけるサウジアラビアとクウェート、アラブ首長国連邦などの不正掘削の中止  と

 ・イスラエルによるパレスチナ武力占領を止めよ

ということだったそうで、欧米が長年してきたことと比べれば全くもって正当なものだったわけですが、主張はもちろん聞き入れられず、欧米はメディアにより情報をコントロ-ル。

「欧米がイスラエルの占領をやめさせるなら、イラクも取り戻されるべき利益を放棄してクウェートの領有権を主張しないという」という譲歩すらしたフセイン大統領が本当に極悪人なのか本当に疑問です。彼は少なくても自分達の利害よりも和平に向け話し合いをしようと考えていたんですよね。

それなのに
「パレスチナ人の抵抗はテロ行為であり鎮圧することは正当であるとともに、テロ行為を支持するイラク政府の主張は悪意であるとの論調が強められた。」
というイスラエルのイラクに対する一方的な非難を、アメリカはじめ欧米諸国は黙認したわけです。

1990年8月イラクのクウェ-ト侵攻により、捏造されたプロパガンダによる偽の情報も飛び交い、ついにフセインは悪の象徴となりました。そこへ正義の味方と化したアメリカ登場、ジョージ・H・W・ブッシュ(父)下で1991年1月に多国籍軍によるイラク空爆がはじまり、3月にはイラク敗戦により戦争は終結されますが、ここでもイラクに残されたのは賠償金の支払い、そして経済制裁でした。

メディアによる半イラクキャンペ-ンが展開されている中、この混乱の中から表舞台に登場してきたのが、クルド人問題、そしてアフガニスタンのタリバ-ン政権、ビン・ラディンとアルカイダです。

フセイン氏とビン・ラディン氏は関係ないばかりか敵対していたそうなんですが、イラク関係の戦争で周辺諸国情勢もますます悪化、そしてその原因をよくよく考えれば欧米諸国の自分達の利害のために利用されていた中東という図が浮き彫りになってきませんか?

フセインを失った混乱のイラクに入り込んで登場する、イスラム国樹立はこんな歴史の隙間から誕生することになりますが、今回は長くなったので、それは次回にさせていただきますね。



コメント

もっと教えてください

まるごママさん、
とっても勉強になります。イスラム情勢って一般の日本人にとってはわかりにくいし、とっつきにくいし、案外勘違いしてることなんかも多いですよね。まるごママさんの解説がとてもわかりやすくて、楽しみにしています。シリーズ化していただきたいぐらいです。また、フランス人のお友達のコメントなど、いろんな国の方の見方も知れて面白いです。ぜひ、続きを御願いします。
2015-11-22 18:13 | ちゃいな #- | URL [ 編集 ]

No title

いつもお声かけていただいてありがとうございます。これからも見やすく読みやすいブログを目指し頑張っていきたいと思います。でもそれでも時々変な文章もありますが、暖かく見守る続けていただけるととても嬉しいですv-433
2015-11-22 21:26 | マルゴママ #- | URL [ 編集 ]

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