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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう16年生活しています。ドイツ人の夫と、3人息子、そして一人娘(?!)の猫マルゴと共に、ドイツの子供の生活、ドイツサッカ-をはじめ、テニスやブレイクダンス、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 

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日本の美 その2 -能-

ka1.jpg
実は私は昔、能を習っていたことがあります。
謡や仕舞というものなんですが…。(能は゛舞う゛といい
決して゛踊る゛という言葉は使いません)
一方、うちの主人一家は大のオペラ好きで、もしオペラを日本の芸能に
置き換えたら、オペラは歌舞伎だな、と私はいつも思ってるんですが、
能だけはどうも他の何にも置き換えることができません。
それは何故なのか、と考えると、能というのは目指しているものが
非常に特殊で、他に類のない芸能と言えるところにあるからなのかもしれません。

昨日紹介させていただいた、京都迎賓館のビデオの中で

「京建具と言うのは見せ場がないんですね。
見せ場がないと言うことは逆に神経を使うわけです。
装飾性のある建物ですと、その装飾性に圧倒されまして
細部にまで人の目がいかないわけですね。
ところが非装飾性の場合は、人をあっと驚かせるような場面がないので
どうしても建物全体の細部にまで人の目がいくと。…中略…
昔から『技を見せびらかすな、見えざるところに技を使え』と
こういうまぁ、先人からの伝統が、そういうところにあるのではなかろうかと
私はこのように解釈しておるわけですけれども。」

と建具師の方がおっしゃられていますが、日本の美とは
まさにこの無駄をそぎ落とした、端整な美しさにあるのだと
今回つくづく気づかされました。
能はその究極で、全てをそぎ落としたところに美を追求しています。
足のはこび、手の動きははきっちり決められていて、それ以外の
動きは一切許されません。その決まった動きをするために能楽師の方は
何十年も精進し続けるわけです。
また能舞台はとても質素です。
だから学生時代は能を見に行けば必ず、その単調さに
必ず寝てしまいましたし、今でもそうかもしれません。
オペラや歌舞伎のように目をわっと引くものが、ないからなんです。
色彩も非常に抑えられていますし、連吟はほとんどお経のようでもあります。
だから見に行くのが苦痛でもあったんですが、ある日たまたま寝ないで見ていたら
ちょうど女神様のお話で、なんということかそのあまりの美しさに鳥肌が立ち
自分が今、天に昇って天女様の舞をこの目で、実際に見せてもらっているのではないか、
と思うほどの感動をしてしまったのです。。。
本当に場所をワ-プしてしまったのでは、と思えるほど、舞台が
天上界そのものに見えてしまったのです。
そしてあれほどの感動はオペラやバレエ、歌舞伎では
味わえないということを、その時心底悟ったのですが、
それは何故かと言えば、本と映画の違いという表現が多少は近いようです。
映画は楽しいですが、でも全て映像になっているため、自分の感性や感覚で
想像することは全く不可能になりますよね。
一方、本は自分でどこまでも想像してイメ-ジを大きく膨らませることができます。
これが読書の醍醐味であるわけなんですが、
それと同じで、オペラや歌舞伎は豪華さやきらびやかさで魅せてはくれますが、
その分感動に限界ができてしまうという、パラドックスと隣り合わせでもある訳なんです。
だからこそ能舞台は簡素でなければいけない、ということが
そこから理解できるわけです。色々なものが目に入りすぎると
本当に大事なものを見損なってしまう可能性が高くなるということなんですね。

それで良く主人とは意見の相違から、論争が始まるわけなんですが
残念ながら、欧米人にこの感覚は非常にわかりずらい気がします。
実際日本人でもどれだけの人が、能の究極の美を感じたことがあるか
それも疑問ではありますが。
能の美しさは
「わかる人だけわかればいい」と一切、観客に媚がないのもまた
一つの特徴だと思われます。

この京都迎賓館でももちろん、ヨ-ロッパのいくつかの宮殿の豪華さには
かなわないとは思いますが、日本は昔欧米のように他の国を植民地化して
搾取し続けた歴史があるわけでもなく(中国を植民地化しましたがそれでも
何百年単位ではなかったはずです)、そういう意味では実際
長い間、欧米並みに豊かな国ではなかったことは事実だと思います。
でも貧しい中でも、こういう形で洗練された文化を作り上げた日本という国の
美意識の高さは、誇るべきものだと思います。
茶道や華道を見てもわかるように、非常に高度で究極の美しさを
何百年もかけて追求しているのが日本です。

さて能をお好きでいらした三島由紀夫さんの「豊饒の海」の
中の、とても美しい一文を紹介させていただきます。

「あれは何だろう。あのとき確かに美が歩みだしたのだ。
舞台の月影の中を謡いかつ動いているものは、もはや2人の
美しい亡霊ではくて、云うに云われぬもの、たとえば
時間の精、情緒の髄、現へはみ出した夢のしつこい帯留、と
云ったものなのだ。それは目的もなく、意味もなく、この世に
在り得ぬような美の持続を紡いでいる。美のすぐ後に来るものが
また美だなどということが、この世にあろう筈がないではないか。」

「豊饒の海」は本当に美しい小説で大好きなんですが、やはりこれが
1部の「春の雪」が映画化されたので見たら、なんだか違うものになっていました。
だから限界のない深い感動を味わいたい際は、
是非一度能楽堂へ足を運ばれることをお勧めします。
日本が誇る究極の美を味わえるはずです。
また同様に「豊饒の海」4部作もお薦めです。
三島由紀夫さんの美意識を文章の中に感じることは
日本の伝統の美の方向を理解することに繋がるように、私には思えるんです。

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いい話です。
ここまではとても至りませんが。

ぜひドイツで能を広めてください。
1.昔の仲間を呼んでドイツで能を舞ってもらう。
2.感動したドイツ人と近くの日本人をまきこんで
能クラブを作る。
3.アルゴママさんが教え込み、欧州各地を
公演して廻る。

アルゴママさんなら出来ると思います。

仕舞や謡は格式が非常に高く、
私のような素人が披露するのは
全くお恥ずかしいことで、実際は許されることでは
ないのではないかと思われます。。
しかも25年以上昔のことで、たった4年間
習っただけのことでしたから、もう全て忘れましたし。
日本の芸事は10年で初級レベル、40年くらいで
やっと一人前と認められるのではないでしょうか?
そんなイメージです。
ですから本物の能楽師の方にたくさんヨ-ロッパに
来て紹介していただきたいものですね。
時々能鑑賞もあるにはあるんですが、ただ能舞台と
違う舞台でどこまで能の真髄を見せられるのかは、
少々疑問に思います。
能楽師さんたちは、欧州での公演の際は実際
どのように感じていられるのでしょうね。

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