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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう20年生活しています。
ドイツ人の夫と3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手や他のスポーツ、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 


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「命の器」-宮本輝さん

宮本輝さんの「命の器」という詩を、教えてもらった
ことがあります。
大切なお友達が亡くなり、今回この詩を思い出す出来事が
ありました。

お友達が亡くなった際、私が一番に考えたのは
お葬式の献花のことでした。
生前、親しくしていた日本人皆さんに声をかけ
皆さんからも賛同してもらい、ではそろそろお花屋さんへ
行って準備を、と考えていた頃に、ちょうど亡くなられたMさんの
お嬢さんの大親友Iちゃんのお母さんであるTさんと道で
ばったり会い、Tさんもその仲間に入りたいですか?
と尋ねたのです。
Tさんはインドネシア人ですが、日本で物理の博士課程を
終えられ、流暢な日本語を話す、実は私自身の12年来の
とても大事な友達の一人です。
彼女は私の中では、日本人友達といっても差し支えないほど
とても近い存在なのですが、返ってきた言葉は
「まずお葬式の案内状をみましょう。きっと病気の可哀想な人たちへの
献金をお願いしたいということになる可能性がありますから」と
いうもので、私は出鼻をくじかれたような、なんだか悲しい気分に
なっていました。
Tさん確かにイスラム教徒で、博愛精神に満ちていたとしても
日本人で普通の仏教徒だったMさんが、そんなことを希望しているかしら、
私たちは皆で、Mさんの最期をきれいなお花で飾ってあげたいというのに
なぜTさんはそんなことを言うのだろう、と思慮のない私は一瞬
憤慨したほどでしたが、数日後に届いた案内状ではまさに、
その通りのことが書かれていました。

「花輪やお花を持ってきて下さるかわり、どうかここの癌患者さん達を
援助している団体に献金をお願いします」というものでした。
ドイツでは確かにそういう方が割合に多いとはいえ、でも
日本人のお友達がそれを希望する、とは正直私は想像も
していなかったのです。

数日後、お葬式に向かう車の中で、Tさんに尋ねました。
Mさんの生前にお互いそんなことを話していたのかと
思ったのです。
すると彼女はこう言いました。
「いいえ、彼女と生前にそんな話はしませんでしたよ。
でもそれは想像つくでしょう。死んでしまった今、まだ病気で
苦しんでいる人たちを救いたい、と思うのが当然だと思いますよ。」

Tさんは、神戸の震災でも、宮城の震災でも
はるか遠いドイツから、まして自分の本当の故郷でもない国
日本へ、すぐに支援金を送ったような人です。

彼女のお嬢さんと、亡くなられたMさんのお嬢さんが
大親友の意味がわかりました。
お母さん同士が同じ魂を持っているからなのですね。

まず花輪を考える私とは、決定的に人間性が違うな、と
今回つくづく思い知らされました。

宗教は違っても、同じ価値観を持っているお二人が
こうやってお子さんを通して、異国の地で巡り会うなんて
本当に世の中って不思議なものですね。
これこそ、まさに「命の器」なのだと今回思いました。

宮本輝さんの「命の器」の詩、ここに書かせていただきます。


「 命の器 」

運の悪い人は運の悪い人と出会って
つながり合っていく。

偏屈な人は、偏屈な人と親しみ
心根の清らかな人は
心根の清らかな人と出会い
そしてつながり合っていく。

「類は友を呼ぶ」という
ことわざが含んでいるものより
もっと興味深い法則が
人と人との出会いを
作り出しているとしか思えない。

仏教的な言葉を使えば
宿命とか宿業であったりする。

それは、事業家にも言える。
伸びていく人は
たとえどんなに仲が良くても
知らず知らずのうちに
落ちていく人とは疎遠になり
いつのまにか自分と同じ
伸びていく人と交わっていく。

たくらんで、そうなるのではなく
知らぬ間に、そのようになってしまうのである。

抵抗しても、抵抗しても
自分という人間の核をなすものを
共有している人間としか
結びついてゆかない。

私は最近やっと
この人間世界に存在する
数ある法則の中の一つに気が付いた。

「出会い」とは、決して偶然ではないのだ。
でなければ、どうして「出会い」が
一人の人間の転機となり得よう。

どんな人と出会うかは
その人の「命の器」次第なのだ。



亡くなられたMさんは、お嬢さんの親友のお母さんが
自分と同じ価値観を持った人で、今頃天国できっと安心して
いらっしゃることでしょう…。友達って本当にすごく大事ですから…。

…再びご冥福をお祈りして…。

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