プロフィ-ル

マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう16年生活しています。ドイツ人の夫と、3人息子、そして一人娘(?!)の猫マルゴと共に、ドイツの子供の生活、ドイツサッカ-をはじめ、テニスやブレイクダンス、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 

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ドント・ドリーム・イッツ・オーヴァー  ― クラウデッド・ハウス


80年代の最高峰といえば、1986年に発表された、クラウデッド・ハウスの
大好きな歌 Don't Dream It's Over 忘れてました。

どうしたらこんなせつないメロディ-の曲を作ることが
できるんでしょうね。

オ-ストラリア出身の彼らです。

歌詞は続きからどうぞ。

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鍾乳洞と遊覧船  Atta-Höhle

昨日はインタ-ナショナルクラブのバスツア-で
Atta-Höhle という鍾乳洞見学に参加してきました。
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デュッセルドルフから東のOlpe方向へ車で1時間半(125km)ほど
走った小さい町 Attendorn にある、ドイツ国内でも有数の
たくさんの観光客が訪れる有名な鍾乳洞なのだそうです。
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中はまるでディズニ-ランドのように幻想的なところもありました。
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鍾乳洞見学は1時間くらいで終わり次はこのかわいい
列車バスで湖へ。
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列車がついた先には船が待っていてBiggeseeという名の
この湖の遊覧船でした。
2時間周遊コ-スでまた同じ場所まで戻ってきます。
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中はなかなかおしゃれで
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豪華なパ-ティ-ル-ムもあり
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色々なアイスも売っています。
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ヨットを楽しんでいる人たちもいて、少し優雅な気分になりました。
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遊覧船をおりて次は展望台もある、レストランへ。
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レバ-ケ-ゼ(ドイツ風ミートローフ。挽いた肉と香味野菜およびスパイスを
長方形の型に入れて蒸し焼きにしたもの)の目玉焼きのせをいただきました。
8ユーロくらいでしたがお腹がいっぱいになりました。
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途中雨も降り、外は少し肌寒かったので、帰りのバスが来るまで、
このレストランでゆっくり過ごせて有難かったです。
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予定時刻より10分近く送れてきた巡回バスでしたが、
クラブのバスが待っている駐車場まで無事にたどり着けて良かったです。
鍾乳洞だけではなくて色々な乗り物にも乗れて、満足だった
まだ8歳の三男でした。

近くににはキャンプ場もあり、自然は美しく、夏には避暑地になるようで
気楽に休暇をしたい場合はお勧めの観光地だと思います。

海老づくし

今週は子供たちは火曜日まで学校が休みで
週末はまたブル-ジュの義母のところでした。
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いつものレストランで今回は、アスパラの小海老ソースの
前菜(とても前菜とは思えない大きさ)と
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メインディッシュではオマ-ル海老を丸々1匹いただき、
お腹いっぱいになりました。
次に日の中華レストランではエビチリだったので
そう考えると海老づくしの週末で幸せでした。。。
私は実は海老が大好きなんです。

以前お友達にやはり海老が大好きという方がいて
それでその方が来るので海老料理を作って用意していたら
「ごめんなさい、今日は海老食べられないの、昨日
食べ過ぎてアレルギ-で目がボヨンとなっちゃって」とのことで
よくよく聞けば゛白目がぶよ~んとなっちゃった゛とのことで
海老アレルギ-も大変なんだということを初めて知りました。

うちは次男以外なんのアレルギ-もないので
(彼はサッカ-しているのになんと芝生アレルギ-でしたが
最近はこの赤目やくしゃみの症状も出なくなりました)
雑草食べても大丈夫そうな一家で、週末ももりもり食べて
元気に帰宅しました。

あいかわらず美食のベルギ-でした。

ボーイ・ジョージとカルチャークラブ

しかしながら80年代は本当にたくさんのスタ-がいた時代でした。

80年   ブロンディ(コール・ミー)
82年   マイケル・ジャクソン(スリラ-)
      シカゴ(素直になれなくて)
83年   シンディ・ローパー(ハイスクールはダンステリア)
      ポリス(見つめていたい)
       フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(リラックス)
      イエス(ロンリー・ハート )、ネーナ(ロックバルーンは99)
84年   マドンナ(ライク・ア・バージン)、ヴァン・ヘイレン(ジャンプ)
      デュラン・デュラン(ワイルド・ボーイズ)
      ボニー・タイラー(ヒーロー)、ワム(ラスト・クリスマス)
      リマール(ネバ-エンディング・スト-リ-)
85年   ペット・ショップ・ボーイズ(ウェスト・アンド・ガールズ)

とまあ、ざっと書いても今でもまだラジオでも流れる曲もたくさんで
歌手名は知らなくても歌を聴けば必ず皆誰でも一度は聞いたことが
ある歌ばかりだと思います。

でもその中でも私が大好きだったのは、カルチャ-・クラブの
ボ-イ・ジョ-ジ様でした。高校生のときに武道館コンサ-トへ
行った時のことは今でもとても良い思い出です。

ところがなんとうちの主人もその当時ブルュッセルで彼の
コンサ-トへ行っていたというではありませんか。
私と主人はほとんど趣味が合わないのですが、子供時代
ボ-イ様のファンだったことだけはなぜか同じでした。
(ちなみに主人と私は同じ年)
「あんなオカマのコンサ-トなんて行かない」だとか
「オカマがカマカマ歌って」とか友人は誰もコンサ-トに行ってくれず
一人寂しく行った私とは対照的に、主人はなんと両手に花状態で、女の子
2人と彼とで行ったそうで - でも多分行きたい男の子はいなかったと思われますが、
その上ものすごい高いチケットでも、ボ-イ様が豆粒のようにしか見えなかった私と
比べて、なんと彼は1列目でコンサ-トを観覧、その上もっと腹が立つことには、
ステ-ジ場のボ-イ様がなんとうちの主人(なんかに)ウィンクまで投げかけたと
いうではありませんか!!!!
この話にすっごくジェラシ-を感じた私は、主人にこの話を聞くたびに
うらやましさを通り越して、腹だたしい気分になるほどです。
ま、当時はうちの主人もティ-ネイジャ-で今よりはずっと
初々しくて素敵だったんでしょうね。。。(渋々納得…)

当時ボ-イ様は日本にとても興味があって、舞妓さん姿の
女の子をよく連れて歩いているという噂もあり、実際「イッツ・ア・ミラクル」や
「ミス・ミー・ブラインド」のプロモ-ションビデオにもその彼女らしき人が
出ていますよね。彼女はボーイ様のあんな近くにいられて
幸せだったでしょうね。。こちらもホント羨ましいです。

ということで今日は、80年代の中でも最高のスタ-中のスタ-(?!!)
ボ-イ・ジョ-ジ様ことカルチャ-クラブの音楽でしめくくりたいと思います。
バックコ-ラスのちょっぴり太めの年上の女性シンガ- 
エレン・テリ-さんが、またとびきり素敵でしたよね。




ルール・ザ・ワールド ― ティアーズ・フォー・フィアーズ

サッカ-ともドイツとも全く関係ないテーマが続いていますが
80年代に欠かすことができないヒット曲といえば
このティアーズ・フォー・フィアーズのこの曲でしょう。

1984年に発表された「シャウト」では全英2位、全米1位を獲得
1985年のこの「ルール・ザ・ワールド」では全米・全英1位、
同年発表の「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」が全米3位を記録。
またたく間にTFFは世界的に有名になりました。

当時10代後半だった私はよくこの曲が町でもディスコでも
どこでも流れていたのを記憶しています。「シャウト」はもっとでしたが。。
長男に話すと、
「え、こんな曲がディスコで?!」とびっくりされてしまいましたが。。。
最近(なのかもう長年なのか)ディスコの主流はラップなのだそうで
でも言わせてもらえば、私こそ
「え、こんな曲踊りにくそうな曲(ラップ)がディスコで?!」と
驚いてしまいます。
世代の違いを感じます。

ちなみにTFFのデビュ-も1981年でした。
今でもドイツのラジオでもよくかかっています。
そう考えるとすごいですね。

歌詞はまた続きからどうぞ。


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ベティ・デイヴィスの瞳 - キム・カーンズ

これもまた「夜の囁き」同様、1981年に発表された
キム・カーンズの「ベティ・デイヴィスの瞳」で
発表されてから全米では9週(チャ-ト入りは26週)連続1位で、
グラミー賞の最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞を受賞し、
ドイツでも27週間ヒットチャ-ト入りを果たしました。


「ベティ・デイヴィスの瞳」は題名通り、往年の大女優
ベティ・デイヴィスさんのことを歌った歌です。
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デビュ-当時の初々しいベティさん。
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でもこの写真のベティさんのほうが彼女らしいですよね。

キャサリン・ヘプバーンと並ぶ、ハリウッド映画史上屈指の演技派女優として
「フィルムのファースト・レディ」とも呼ばれた彼女は、
ワーナーでのキャッチ・フレーズ「半分は天使、半分は妖婦、そして
すべてが女性」という通り、悪魔のような人物像から、情熱的な役から
可憐で美しい女性、憎たらしい女から、目を見張るほど美しく可愛い女性像、
地味で目立たないような人物や、苦悩が色濃い役、薄幸な人物までイメージを
悉く変えて魅せることの出来る才能あふれる女優さん(Wikipediaより)だったそうで、
彼女が54歳の頃、永遠のライバル(というかこの後お互い
憎しみあうことになる)ジョーン・クロフォードと競演した
「何がジェーンに起ったか?」はそこら辺のホラ-映画より怖そうです。
もともとユーモア好きで茶目っけもある魅力的な人で、この曲がヒットした時には
彼女はお礼の手紙を作詞のドナ・ワイス、作曲のジャッキー・デシャノン、そして
キム・カーンズに送ったという逸話も残っています。

それにしてもキム・カーンズさんのこのハスキ-ボイスは最高です。
この曲はもともとジャッキー・デシャノンさんが1975年に、自らが
アルバムで歌った歌なのだそうですが、ジャッキー・デシャノンさんの
オリジナル全く違うアレンジで、歌の雰囲気も全然違うものになっています。
最初のフレ-ズだけ聞くと同じ歌とは思えなかったほどです。

ご興味がある方は
―Jackie Deshannon   Bette Davis Eyes-
と検索すると視聴できるサイトが出てくるかと思います。

歌詞はまた続きからどうぞ。。。

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夜の囁(ささや)き - フィル・コリンズ


ドイツのヒットソングというのではないのですが
80年代(スミマセン ずいぶん大昔)ヒット曲を
突然聞きたくなりました。

お若い方はご存知ないかもしれませんが
フィル・コリンズさんがソロ・アーティストとして発表した
初アルバム「夜の囁き」(アルバム名と同名)にて大ヒットした永遠の名曲ですね。

良かったらみなさんも、昔を思い出して歌ってみてください。
この曲を知らない方にもお勧めします。

歌詞は続きからどうぞ。。。

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フランス  ポワティエ

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一方うちの主人は週末はフランスのポアティエに
行っていました。
フランス北西部トゥ-ルに近い、イギリスとフランスの百年戦争の
「ポワティエの戦い」で有名な街です。
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美しい教会とおいしいレストランに舌鼓をうち
そして泊まらせていただいたお宅はなんとまぁ
億万長者(?)のお宅だったそうで、
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そこのお宅にはフェラ-リが3台、高級ベンツが10台、
色々な車が他に30台くらいあり
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ゲストのためにはなんとゲストハウス1軒があり
そこに友人の初老ご夫妻と泊まらせてもらったそうです。

ここのお宅の一日に払う税金は約1500ユーロで日本円にして
今のレ-トで実に約20万円、月にして600万円の税金とは
本当に全く私達とはかけ離れた世界の方なんですが
でもここのご主人はもともと車の修理工場から始めた方で
次の不動産会社が大成功し、色々な事業を展開
そして今では趣味でクッキ-会社も経営なさっているのだそうです。

しかも自分が1代で財産を築いた方だけあって、気さくなうえ、
とても好感度の高い方だそうです。
私はその方のお写真だけ見せてもらいましたが、
本当にとても優しくてユ-モアのありそうな感じのいい方でした、

街の車修理屋さんからここまでビジネスで成功できたのは
こちらもやはりこの方の人間的な魅力のおかげだったのかもしれないですね。

彼の会社のクッキ-をおみやげにもらいましたが、あまりにおいしくて
子供達(特に次男)と私であっと言う間に全部食べてしまいました。
こちらもまた彼の人柄がなんとなく伝わってくる優しい味のクッキ-でした。

監督さんとの別れ

若い優しい監督さんのおかげで三男のモチベ-ションがすっかり上がり
最近の試合ではなんだかすっかり様子がかわったうちの三男を見ていると
子供というのはこんなに誉め言葉に反応するものなんだな、と改めて
思い知らされました。
「誉めて育てる」という方法は本当に功を奏するようです。
特にまだ小さい子供の場合は特に。。。

一方長男は週末に最後のリ-グ戦で、リ-グ内一度も負けなし(でも2回引き分け)の
好成績で優勝を決め(といっても4部リ-グ-子供のリ-グは6部まで)
そしてついにこの2年間心から信頼していた監督さんとのお別れがやってきました。

いつもうちの長男を目にかけてくれて、1年前に1軍チ-ム(こちらは2部リ-グ)に
行くチャンスがあった際には
「君はあそこに行くべきだ」と後押ししてくれた監督さんでした。

今まで真面目な性格からかいつでもチ-ムでは監督さんのお気に入りだった
長男ですが、今までの監督さんはそのせいかうちの長男を他のチ-ムに行かせたがらない
というようなところがあり、そのたびに失望を感じたこともありました。
なので今回の監督さんのように
「うちのチ-ムより上へ行け」と言ってくれた監督ははじめてで
びっくりしました。

でもそんな素敵な監督さんだったので、彼もその監督さんのもとから
離れるが絶対いやで、結局長男は1軍へは行きませんでした。
他にも学校が忙しい、週末はパ-ティも行きたい、もうそんなに
サッカ-だけに集中できないなど、他の理由などもありましたが
でもそうやって他のチ-ム行きをいつも薦めてくれる、心から
信頼できる自分のチ-ムの監督さんに会えたのは初めてだったんです。

その監督さんは遠くからでも車でわざわざ迎えに来てくれたり
送ってくれたりしたこともあって、道中色々な相談にものってくれたりと
16歳の長男より11歳年が上だけの監督さんはまるで兄貴のように
サッカ-場だけではなく、他のプライベ-トなことでも完全サポ-トで
この2年間長男の近くにいつもいてくれた、親の私にとっても本当に有難い人でした。

でも最初に彼が監督さんとしてあらわれた時からわかっていました。
彼こそこんな4部リ-グなんかの監督さんでいる人ではないだろうということを。。。
市内一番の監督さんだということは最初からわかっていたので、だからいつか
別れがくることもわかっていました。
うちの長男だけにではなく、誰にでも誠実な彼は、なんとこの夏から
1.FCケルンの少年チ-ムの監督さんになります。
それほど監督経験も長くないでしょうに、1部リ-グの1.FCケルンから
認められたのは、ひとつは彼のその人間的な魅力にあるのではないでしょうか。
彼はアフリカ系の方なんですが、彼の真面目さ、優しさ、率直さ、そして
なんといっても自分自身に対しての誠実さは、対面した際にまず誰もが感じるはずです。
子供時代にこんな素敵な大人と会えて、なおかつお世話にもなった
長男は本当に幸せ者だったと想います。
1.FCケルンの監督になったからではなくて、もしそれこそずっと小さな町の弱小チ-ムの
監督さんだったとしても、それでもうちの長男の1番の憧れの、そしてお手本の人でした。
表面に付随する(職業とか地位とかお金とか)ものを全てはぎとっても人間的に最高に
素敵な人、というのに大人になって私自身もはじめて会ったような気がします。

最後のチ-ムの日ということで、トルコ人の優しいお父さんがチ-ムの子供全員に
ケバブをご馳走してくれたんですが、めったに感情を出さない長男が帰路の車中
とても悲しそうでした。
監督さんが最後長男の肩をたたき見つめた目をみて、監督さんの兄弟のような
あるいはまるで父親のような気持ちを痛いほど感じて、私も泣きそうになっていましたが。。。
監督さん自身が長男との別れを悲しんでいるのが目をみて瞬時にわかったからなんです。

それにしてもこのチ-ムのおかげでアフリカ人、トルコ人、人種を超えてつながりが
できたことは、長男のこれからの人生において非常に貴重な宝になると思います。
他民族国家ドイツならではですが、そうはいってもギムナジウムではドイツ人の子供が
どうしても多いので、クラブのおかげで人種を超えても理解しあえることを経験できたのは、
本当にとても素敵なことだったと思います。
国籍も職業も学歴もそんなものはまったく意味がないと実感できる、最高に素敵な人に
会えた彼は本当に幸せ者でした。


スポ-ツって。。。 その2

水曜日の三男の試合はうちの長男と見に行きました。
三男のサッカ-音痴ぶりに、私は途中から見る気もなくなりそうに
なっていましたが、長男は我慢強く最後まで見てくれました。
その際近くに立っていたどこかのお父さんが
「全くあそこ(うちの対戦チ-ム)の監督はなんなんだ、あれじゃ
子供はうまくなんてなれないよね」と話しかけてきました。
相手チ-ムの監督さん、子供達はまだ8歳チ-ムというのに
まるで青少年チ-ムのように子供の失敗を怒鳴りあげていました。
そのせいで一人の男の子は泣いてしまったほどでした。

それでそのチ-ムが無事勝って、試合終了するとうちの長男も
「ああいうコーチのスタイルは意味がない」と同じように言ったので
「ふーん、なるほど。そういえばサッカ-試合で監督が子供に怒りはじめるのは
12歳くらいからかな」と過去の記憶から思い起こしてみました。
ドイツ人は「飴とムチ」教育では主に「飴」を重視していて、子供を怒って
萎縮させるのは忌み嫌うところがあります。

うちの次男なんてどこからその自信が来るのか、と不思議に思うほど
自己肯定では誰にも負けないんですが、ドイツ人のお子さんで自己否定する
子供はさぞや少ないのでは、と思われます。
怒って育てればもちろん虐待と思われ、自分の子供をさすがに誉めることは
恥ずかしいので「いえいえ、うちの子なんて」と言えば、
「子供に愛情のない変な親」と思われるような国ですから、家庭だけではなく
学校やスポ-ツクラブでも子供は「誉めて誉めて育て上げる」のが主流なのかもしれません。

そんなことを考えているうちに、今日もまた三男の試合でした。
今回こそもしや少しは上手に!! と毎回願いながら今日も
試合会場へ行きましたが、三男の様子は水曜日とはあまりかわりません。。
それはそうです。たった数日前のことなんですから。。。
めずらしく11対3という圧勝試合でしたが、三男はサッカ-というものを未だ
理解していないのか、親の私がこんなことを思うのは可哀想ではありますが、
あいかわらず見ていても、ため息がでそうな気分でした。
速く走ることはできるのですが、問題はドリブルは全くできない、
というところにあるので、残念ですがサッカ-という競技には
本当に向いていないのに違いないです。。。
(だって3歳から始めてまだ理解できていないなんてあり得ないでしょう。)

ところが試合後、上機嫌で車に乗り込んだ三男いわく
「今日は勝てた、自分はチ-ムで3番目に上手だって監督に言われた」
そうで、あまりに現実的ではない話にずっこけそうになりましたが
監督さんの言葉を完全に信じて「自分はそう考えると2番目に上手、だって
1、2番目の2人は同じくらい上手でその次が君って言ってたもの」と
今やもはや彼の中では「自分はチ-ムで2番目に上手」な選手になったようです。

11対3という試合で、後半の半分はフォワ-ドとして出ていて
1点も決めることができない三男が、3番目に上手なんてことは到底
あり得なくて(その上、前半後半ともに、ほぼ半分だけ出場させてもらっていた状態)、
正直本人も今日はさすがに自分の才能のなさに気づいてしまったんでは、と
心配していたくらいだというのに、うちの監督さんには本当に有難いことだと
思いました。この誉め言葉だけで三男は、あと2年くらいはそれを信じて
頑張ることができるような気がしました。
自分の本当を知るのは10歳くらいになってかれでもきっと遅くないですよね。。。

なんだか妙にモチベ-ションがあがった三男で、事実はどうあれ自分は上手と
信じさせてくれる監督さんのチ-ムにいられて本当に超ラッキ-な三男でした。
この言葉が奇跡みたいに効いて、「嘘から出た真(まこと)」に近づけるよう彼にも
本当に頑張ってほしいです。

そう考えるとドイツ人の「飴とムチ」の「飴だけ教育」も確かに一理ある
良い教育方針なのかもしれません。
まだ22歳の若い監督さんですが、本当に感謝感謝です。


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