プロフィ-ル

マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう16年生活しています。ドイツ人の夫と、3人息子、そして一人娘(?!)の猫マルゴと共に、ドイツの子供の生活、ドイツサッカ-をはじめ、テニスやブレイクダンス、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 

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オランダとベルギ-

今日26日まではドイツはクリスマス休暇で
法律に基づいて、ドイツ中のお店は昨日と
今日は、完全にお休みになります。
24日はだいたい午後1時くらいまでで、それから
全てのお店が休暇を取らなければいけません。

それで仕方がないので、ベルギ-のアウトレットショップへ
行ってました。
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ブランドのお店が集結していて、割引で買える上、クリスマスのデコレ-ション
ばっちりで、心がうきうきするような買い物村です。
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うちからここまでは約70kmですが、うちから30kmくらい
車で走ると、オランダのマ-ストリヒトに着き、
そこを抜けるとベルギ-に入ります。車中45分の間に
3カ国を通り抜けることになります。
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昨日はオランダへも行っていました。
オランダはクリスマスは、12月6日のセント・ニコラウスが一番で
12月25日はドイツに比べると、それほど大事な日ではないようですが、
それでも25日、26日は祝日でさすがにお店は閉まっていました。
でも私と息子3人の目的は食べ放題のお寿司屋さんだったので
満足でした。
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さすがにオランダでもクリスマスにお寿司を食べる人たちは
いないようで、お客さんは私達だけでした。
(私も12月25日にお寿司を食べたのはさすがにはじめてでしたが…。
お正月にはおせち料理というような習慣があるように
さすがにクリスマスにお寿司はミスマッチという感じですよね。。。)
でもおいしくて良心的なお値段で、その上クリスマスから営業している
勤勉なこのお店が潰れたりしないことを願うばかりで、
クリスマスだからお客さんが少ないだけで、平日は流行っているなら、
良いのだけれど、と心から思いました。
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24日の夜は、キリスト教徒らしく恒例の村のミサにも行きました。
村の社交場の一つなので、たくさんの知り合いに会えて
私も子供たちも満足でした。

主人の父が病気のため、なんだか例年にないとても
静かなクリスマスを過ごした、私達親子でした。
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しかし隣の国でしかもすごくカトリックのベルギ-なのに
26日は普通にどのお店も営業されていました。
隣接している国でも微妙に違うのがヨ-ロッパの
面白さです。
ベルギ-は安売りス-パ-ALDIでさえも品揃えが
おいしそうで(しかも本当においしいものばかり)
オランダはいつも自由で新鮮な風を感じます。
流行にも敏感です。
ドイツの良さはなんといっても固ななほどの堅実さでしょうか。
老後はこのドイツ・ベルギ-・オランダの3カ国のすぐ近くの
国境沿いに住むのが、実は密かな私の夢です。
どうかそれまでこのおいしいお寿司屋さんが健在でありますように。。。

゛O,Holy Night゛

クリスマス・イブに是非聞いていただきたい歌
゛O,Holy Night゛を集めてみました。
<
オペラの女王、キリ・テ・カナワさんの世紀の歌声

ルチアノ・パバロッティ様の゛O,Holy Night゛も
有名です。

ソプラノ・ドラマティコのジェシー・ノーマンさん

オペラ歌手ではないセリ-ヌ・ディオンさんですが
とてもきれいな歌声でうっとりします。

17年くらい前はじめてブリュッセルを訪問した時に
グランプラスで大音響でこの曲が流れていました。
その時、まさにヨ-ロッパのクリスマスと感動したことを
今でも忘れられません。

だから今でもクリスマスには絶対聞く
お気に入りの曲の一つなんです。


゛O holy night゛

O Holy Night,
The stars are brightly shining.
It is the night
Of the dear Savior's birth.
Long lay the world
In sin and error pining,
Till he appeared
And the soul felt its worth.
A thrill of hope,
The weary world rejoices,
For yonder breaks
A new and glorious morn.
Fall on your knees!
O hear the angel voices!
O night divine!
O night when Christ was born.
O night divine!
O night, O night divine!

O Holy Night,
The stars are brightly shining.
It is the night
Of the dear Savior's birth.
Long lay the world
In sin and error pining,
Till he appeared
And the soul felt its worth.
A thrill of hope,
The weary world rejoices,
For yonder breaks
A new and glorious morn.
Fall on your knees!
O hear the angel voices!
O night divine!
O night when Christ was born.
O night divine!
O night, O night divine!

メリ-クリスマス!!!

Frohe Weihnachten und einen guten Rusch ins neue Jahr !
       Merry Christmas and a Happy New Year !
         Joyeux Noël et Bonne Année !


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ドイツでは24日の夜にはじめてクリスマスツリ-を
飾るという習慣があり、イブ前にツリ-を飾ることや、
本物のもみの木ではない、偽者のツリ-に飾るのも両方
邪道ですが、今年は主人の父が入院したことなどから
おとといにはもうクリスマスツリ-を用意しました。
ドイツに来てから、24日前にクリルマスツリ-が家に飾られているのは
私にとっても初めてで、主人や主人の両親にとってはあり得ないこと、
もちろん主人の長いドイツ人人生の中でも初めてのことでした。
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こんな飾りや、
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こんなものは12月に入ってからしてもいいようなんですがね。
さすがクリスマスの国なので、色々な決まりがあります。
クリスマス前にクッキ-を焼くのも決まりごとの一つなのか
次男がどうしても焼くんだ、と言いはじめ(というかこの1週間
ずっと言い続けてました)、次男の友達と三男と4人で
一緒に昨夜はクッキ-作りでした。
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次男の友達は同じ12歳なのに、身長185cmという長身で
卓球界では有名な家族で育ち、本人も大人チ-ムに
混じり卓球をしているホ-プです。
こんな大きな男の子がクッキ-作りを一緒にするのも
なんだかドイツだな、と思いました。
次男にしても、12歳なんで、日本で小6の男子が
お母さんとクッキ-作りしなんてたがるものなのかしらん、と
ふと思ったりしました。
長男は最近出かけてばかりで、帰宅して三男が焼いてくれたクッキ-を
ありがたくもらっていました。もっぱら食べる役目が専門です。
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次男作成の変なお顔クッキ-に
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こちらは三男のクッキ-です。
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皆さんもどうか素敵なイブをお過ごし下さい。

日本語とイタリア語

外国人である私にとって、ドイツ語とフランス語が
似ているために、どちらかで話している時に単語を
入れ替えても、気づかなかったりしてしまうようなことが
やはりドイツ人の主人は、それが日本語とイタリア語を
使っている時に、よくおこるそうです。
主人曰く、日本語とイタリア語はすごく発音が似ている、と
いうことで、日本語を勉強しはじめ、ペラペラになったころから
イタリア語で話す時に、うっかり日本語の単語が出てきてしまうように
なったとよく言っていました。

うちの主人はマルチリンガルで、日本語は彼にとっては7番目の外国語でした。
ベルギ-で育った主人は、幼稚園時代にはフランス語、フラマン語を外では話し
家庭では両親とドイツ語でした。
また小学校から大学入学前までは、ヨ-ロピアン・インターナショナルという
当時EUの職員の子弟のために設立された学校へ通い、そこにはクラスメ-トは
ドイツ人、フランス人、イギリス人、オランダ人、イタリア人がいたそうで
地理はフランス語、体育の授業は英語など、科目によっては違う外国語で
勉強しなければならず、その上クラスメ-トとの会話は何語で話すのかといえば
その時の雰囲気で、その場で人数が多い国の子供たちの言葉で話すという
大変特異な環境で育ったのがうちの主人でした。
独・仏・英・オランダ語(フラマン語)・イタリア語・日本語を流暢に話し、
ラテン語も猛勉強のせいでイタリア人のクラスメイトを飛び越して、学校1番の成績で、
表彰されたくらいだったということですから、もともと語学の才能があるんだと思います。
環境的にもかなり恵まれていたことは間違いないですが。

なのでそんな主人でさえも、日本語のせいでイタリア語を忘れてしまうなら
頭の出来がよくない、しかもあまり語学の才能のない上、努力もしなかった、
その上島国育ちの私が、ドイツ語のせいで、どんどんフランス語を忘れていって
しまっているのは仕方がないかと思われます。
ドイツ語の単語が頭に入ると、頭の反対からフランス語が押し出されていく、と
いう感じで、ポロポロこぼれ落ちていっているような感覚ですが、
覚えたドイツ語の単語も時間がたつと忘れるので、ただの老化なのかもしれません。。。

このままドイツ語もあやしいまま、日々だけが過ぎていき、年を取りそうで怖いです。。。
ところで語学の才能のなさが私に似てしまったうちの子供達は、日本語は相当あやしく
(というか次男にいたってはそれ以前の状態)、うちの4人(子供3人と主人)の
中では主人が一番上手というのも、なんだか皮肉なもんです。
でも主人曰く、自分も大人(主人が28歳くらいの時)になって勉強して、ペラペラに
なったんだから、子供たちもまあ、いつかその気になればなんとかなるだろう、
と言っていますが、それも疑問ですよね。
こうやって見ると、主人は非凡に頭が良くて、子供達は私のせいで
平凡な頭脳の持ち主のようです。
平凡さを努力でカバ-して、人生を切り開いていって欲しいものです。
願いは、努力家でもなかった私にその点も似ないでほしいということですが…。

親の背中を見て子供は育つという言葉があるように、その点では失格な
母親なんだろうな、と思います。
反面教師にして、頑張っていってほしいです。。。。


ドイツ語とフランス語

英語とドイツ語はもともともゲルマン語派西ゲルマン語群に属し、
約二千年ほど前までは同じ言語だったそうで、単語も
結構似ていますが、耳から聞いたアクセントは随分違います。

一方フランス語はラテン系の言葉ですから、フランス人が
イタリア語を勉強するのはすごく簡単と言われているくらいですから
(フランス人がイタリア語を習得する気があるかないかは別として)
親戚語の英語とドイツ語より、フランス語は遠そうですが
実はドイツ語とフランス語の文法は、結構似てます。
ラテン語からの影響がかなり強く残ったためでしょうか。
この2つの言語からみると英語は文法的には、かなり簡略化されて
しまったんだな、と感じます。

ドイツ語の動詞の変化はもっとも複雑で、英語の過去形と
フランス語の過去形の両方の使い方があり、
ドイツ語にいたっては、男性名詞、女性名詞、中性名詞まであり、
各変化(1格から4格)まで、文法のめんどくささは
英語やフランス語にはとうてい及びません。

ただ発音はともかく、フランス語とドイツ語は耳から聞いた
アクセントの置き方がとても近いんです。
Rの発音が似ているせいかもしれないんですが
外国人の私だけではなく、何度かドイツ人にも聞いてみたところ、
「自分もそう思う」と言われたので、ドイツ人でもそう思うようです。
発音自体は全然違うのですが、アクセントが似ているんです。
今回ベルギ-人の方もそうおっしゃっていましたし。。
あくまでも発音ではなく、アクセントの置き方なんですが。


話はかわりますが、昔イギリス英語とアメリカ英語はどうやって聞き分ければ
いいんだろうか、と自分自身で考えた時に、当時感じたのは、イギリス英語は
どちらかといえば、フランス語の雰囲気になんだか近い、ということでした。
風みたいにほんのり感じるだけなんですが、今回それで調べてみると
1066年のノルマン征服によって、ノルマン人の話していた中世フランス語が
イングランドの公用語となり、多くの単語が流入された歴史もあったと
ということで、なんとなくフランス語のアクセントの名残がイギリス英語には
残っていても当然なのかな、思いました。
英語は大陸に渡って変化していったけれど、イギリス英語はどこかで
古くさいままなのかもしれないですから、
あながち自分が感じたことは大はずれでもなかったようです。

ということで明日はもうクリスマス・イブです。


ベルギ-人 ドイツ訪問  その2

レディプログラムの1つ、美術館巡りは終わり、
お待ちかねの参加者全員の晩餐会へ会場は移ります。
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総勢50人でのドイツレストランでの
(一応)フランス料理(風?)ディナ-でした、
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蝶ネクタイで正装した伯父様方でしたが
私が感心したのは、あいかわらずのベルギ-人の
外国語に適応する言語能力の高さでした。

5月に会った際は、「ドイツ語はしゃべれないよ」と言っていた
ベルギ-人の皆さんが、それでもドイツ語を理解できるのは前回
既に気がついていましたが、今回はなんと上手にお話できるように
なっていたことでした。

再会2度目には、理解するだけにとどまらず、なんと普通に会話できるほどの
上達ぶりで、在独13年の自分と、ドイツほぼ初訪問のベルギ-の方たちと
比べると、自分はどれだけ頭が悪いんだろうと悲しくなるほどでした。

それで前回もお隣で、今回もお隣だった、お豆腐やわかめ、
お味噌汁などの日本の食事を家でいつも召し上がっているという
ベジタリアンのベルギ-人の伯父様曰く、
「どうしてもイギリス人は絶対英語しかしゃべらないし、フランス人は
来れば必ずフランス語、ドイツ人もだいたいそうだから、結局は
小さい国の自分達が外国語を勉強するしかないんだよ」
「ぼくは外国人局で働いているからね、1日のうち10分ごとには
違う言語で話さなければいけないのさ、そこには外国人が来るからね」と
いうことでしたが、同じ外国人局でも、イギリス人、フランス人、ドイツ人が
そんなにサ-ビスが良いとはとても思えません。
そんなに簡単に外国語を習得できるベルギ-人には感服です。
今となっては、子供をベルギ-で育てなかったことに
心なしか無念さを感じるほどです。
小さい国に育つということの思いがけない利便さを、実感させられました。

同じテ-ブルに座った、ベルギ-人の他のおじい様は席に着くなり
「このテ-ブルでは今夜はフランス語、あるいはドイツ語だけ話すようにしよう」と
宣言されていた横で、ソルボンヌ大学、マンチェスタ-大学での留学経験がおありの
現在はご主人の祖国であるベルギ-在住で、もともとドイツ人である奥様は、
そのご主人の言葉は無視で、最初から最後まで英語で話しておられましたが、
昔の古い時代の世代(なんせそのおじい様は数え年、90歳でかなりご高齢でした)の
欧米の方は、社交場ではフランス語を話すのがエレガント、という感覚があるようです。。
できれば英語は避けたい、という感じでした。
その方は教授でいらして、もちろん英語もOKですが、それでも仕事以外で
英語を話したくないという気概を感じさせられました。。。
でも英語好きのその奥様のおかげで、私自身は忘れかけている
フランス語よりは、わかりやすい英語で助かりましたが…。
そもそもドイツ語、英語の切り替えはなんとなく可能でも、ドイツ語、フランス語の
切り替えは、どこか似ているアクセントがあるためか、ドイツ語とフランス語を切り替える方が
外国人の私にはより一層高度と思われるんですが…。違うでしょうか…。
そもそもその日は、美術館でオランダ語を聞き、その奥様の英語を
ずっと横で聞いていた後、この数年ほとんど使用していないフランス語を
いきなり使いはじめるなんて芸当は、悲しいかな私には到底無理そうでした。
しかし、その奥様にしても87歳でいらっしゃるとのことで、その時代に
女性が大学へ行くこともほとんどなかったでしょうに、その上
ソルボンヌ、マンチェスタ-ですから、一体どんな高貴な家のご出身でまたインテリで
いられることか、と、その奥様がつけていらした超巨大な真珠の指輪を眺めながら、
思いを馳せていました。本当に写真に撮らせていただきたいくらい、すごく大きい
真珠でした。そんなことに目が行ってしまうとは、程度の低い私です。。。
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フランス人同様、ベルギ-人も大人の男性同士でも挨拶は
ほっぺのビスなので、最後はキスキスキスでのお別れでした。。。
しかもベルギ-人は、基本3回のキスなので、お別れにも時間かかります。
ドイツの握手での別れの方が、慣れた今となっては簡単でラクですが
でもやはりキスでさよならする方が、知らない相手でも近く感じるようになるのは
不思議なものですね。

私はこの夕方から夜までの参加でしたが、計3日間のベルギ-人、
クリスマス直前ドイツ訪問は無事に終わりました。
ベルギ-人の皆さんに楽しんでもらえていれば良いのですが…。
少しドイツ好きになってくれたことを祈って。。。


ベルギ-人 ドイツ訪問

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今週末は他にももう一つ大イベントがあり
それは、ベルギ-、ブル-ジュからのお客様接待でした。
5月の「ドイツ人、ベルギ-へ」で
私達ドイツグル-プが、ベルギ-を訪問した際の
訪問返し、ということで、今回はベルギ-の
方達がうちの田舎町を、わざわざ訪ねてきてくれたのです。
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まずは町の由緒正しい歴史的な要塞地下にある
博物館見学。
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ベルギ-からのお客さんのために、ガイドさんさんには
ドイツ語ではなくて、オランダ語でツア-をしてもらいました。
ベルギ-で話されているフラマン語と、オランダ語は双子のように
ほぼ同じ言語です。(違いは方言ほどしかないそうです)
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うちの町は現在はど田舎ですが、今でもロ-マ人が作った道が今でも
残っているし、西暦800年頃はカ-ル大帝の本拠地だったア-ヘンに近く
1530年頃には、その頃ヨ-ロッパでカ-ル大帝の次に
ヨ-ロッパの広範囲を支配していた、神聖ロ-マ帝国皇帝カ-ル5世にして、
植民地支配進出に乗り出しはじめたスペイン帝国皇帝カルロス1世の軍隊も
ここまで来たという文献が残っているくらい、当時は近郊のケルンよりも
ある意味有名で、長年もっともっと重要な町だったようです。
ナポレオンにいたっては2回もここを訪問しているそうですし、
数々外国の軍隊に応戦した歴史もあるようで、こんな大砲も残っていて
皆で夜の貸切美術館訪問、2時間を楽しみました。

一方、オランダ語だったため、私をはじめドイツ人のおば様方は
ガイドさんの説明は正直さっぱり理解不可能でした。
私の場合、これがドイツ語だからといって、100%理解できるというわけでもなく
しかも日本語だとしても、子供時代からガイドさんの話をじっくり集中して
聞くのが苦手だった私には、オランダ語でもドイツ語でも日本語でも
あまり変わらなかったかもしれませんが。。。

そして夜の夕食会へ続きます。

選抜落ち

今回ついに次男は選抜チ-ムのメンバ-から
外されることになりました。
対アルマニア・アーヘン戦で0対0を
引き分けに終わった試合後、監督さんから
2名が出されることを発表され、その一人が
うちの次男でした。

日曜日の三男のクリスマスパ-ティで、長男のもと選抜時代の監督さんから
「これだけチ-ムの試合に出ていない状態で、選抜メンバ-で
いられ続けることは正直あり得ない、だから多分近いうちに
選抜からは出ることになるはずだと思う」と聞いていたので
ある程度覚悟はできていたものの、それでも
次男の気持ちを思うとかわいそうでたまりませんでした。

9月の新シ-ズンから、リ-グ戦のメンバ-からは
ことごとく外され、監督の一存で試合に出られなかったという
理由で、上達の機会は奪われ、そして今は選抜からも外される
憂き目にあうほどのひどい仕打ちを、なぜ12歳のうちの
次男が受けなければならないのか、正直納得できませんでした。

なので帰宅後に、長男から
「お前は馬鹿だ!! なぜ今まできちんともっと頑張らなかった、
なぜ自分がもっとできることを見せなかったんだ、
自分のせいだ!!!」と次男が怒られているのをみて
すごく腹が立ちました。
機会を与えられない状態で、どうやって向上できるのか
教えてほしい、とその後は長男と私の喧嘩になり、
そこに主人も加わり、その夜は大騒動でした。
私達が騒いでいるその間、唯一次男だけが貝のように
押し黙って静かでした。

ところがその夜、寝る前に、次男がポツンと私にこう言ったのです。
「でも良かったよ、選抜も終わり、そして今から
新しい監督が来る(チ-ムの監督は交代です)、だから
自分はもう一度リセットできるんだ、今からもう一度
1から始め直すよ」

正直、次男の口からこんな言葉が出てくるとは
思いもしませんでした。
これから、自分のチ-ムの11名いる選抜から、たった一人
外された片身の狭い思いを背負い、なおかつその中で
スタメン入りを頑張っていくことが、まだ傷つきやすい
うちの次男にできるのかどうか、とても心配でした。
今でもそのことは心配ですが、でも自分でこんな風に思い、
それを言葉にもできるくらいなら、望みありかな、と
少し安心しました。

そもそも2年前、自分の所属していた村のチ-ムの弱さぶりに、
サッカ-への興味もなくなりかけ、今の町一番のチ-ムに入り直し、
そこで再びサッカ-へ情熱を思い出し、1年半前の選抜入り予選で
最終選考に残り、ベスト20名に選ばれ選抜入りした時、それは
本当を言えば、実際思いもしないことでした。
勤勉な長男が長年夢見た選抜入りを、長男より先に、あの少しいいかげんで
サッカ-にそれほど熱心でもない次男が先に果たすとは、正直想定外で、
「次男はともかく、もし変えてくれるなら長男を入れてやってほしい」と
当時は思ったくらいでしたから。

そんな風にある意味、親の私からみても、長男と比べて驚くほど
簡単に手に入った選抜だったので、そこに1年半もいられただけでも
本当はありがたかったと思うべきなのでしょうね。
しかも次男が入ったことで、長男も目にとまり(多分?)、次男に1ヶ月遅れて
長男も最後の1年(選抜はU15まで)を選抜メンバ-で過ごすことができ
長年の夢がかなったわけですから、それでも良し、とするべきなのかもしれません。
その上、悲しい経験を自ら乗り越える、という貴重な経験を体験できそうでもあり、
もし本当に次男の言葉通り、「1からやり直そう」と自分が思えるなら
それはこの数年で、彼がとても成長したことの証なのかもしれません。

そうして思い出しました。

私は作家のあさのあつこさんが、「バッテリ-」のあとがきで
このように書いてらしたのを。

「…書きたかった。 自分を信じ、結果のすべてを引き受ける。
そういう生き方しかできない少年を。」

これこそ私が望んできた、実は息子達に期待している少年像だったのですが
日本男児の長男はともかく、非常にドイツ的な部分のある
次男にそれを望むのは不可能かと思っていたら、彼もいつのまにやら
なんと少しは私の理想像に近づきつつあるようではありませんか。

「こうなったのは何もかもうちのクラブの監督のせい!!!!」と
憤慨していた私の横で、泣きもせず、たんたんとこんな風に彼が
考えられるようになっていたとは、我が息子ながら少し感心しました。

一方、長男に言わせると、なぜ泣くほど悔しがらない、そこも悪い、と
いうことなのですが、泣かず何も言わないからといって
本人が傷ついていないわけではないのだということを
長男にもわかってほしいです。
なんせ、兄弟とはいえ性格が違うわけですから。

主人には
「サッカ-なんてどうでもいい、学校は最優先、
仕事を見つけるためには学校で落第しないできちんと大学まで
行ききちんと勉強すること,所詮サッカ-は趣味」なので
「学校から退学させられたわけではないのだから
今回のことははっきり言ってどうでもいい話」と言われ

またこんな意見も読みました。

「社会に出て分かりました。
スポーツって別にどうということはないという現実を、
大切なことは色々なものを乗り越えたかどうかが一番大切であることを。」

主人やこの方のように、スポ-ツなんてどうでもいいとは
私は正直あまり思えません、だって子供たちにとっては
とても大切なことなので。
ただ

「大切なことは色々なものを乗り越えたかどうかが
一番大切であること。」

というのは、本当にそうなのかもしれません。

もう1年近く、クラブで悩み続け、今回は選抜からも外され
それでもまだ平静に頑張り続けようと思える次男を
今回少し褒めてあげたいです。

新年から新しい監督さんがきて、少しは次男の状況が好転することを
願ってやみません。

しかしそれにしてもあいかわず、レディ・ガガのお母さんからは
遠いままの失格母さんです。
私こそ一体いつ成長できるのか、疑問ですよね。

三男のクリスマスパ-ティ サッカ-チ-ムと学校編

日曜日は三男のサッカ-チ-ムのクリスマス会でした。
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屋内サッカ-場で、子供はサッカ-して遊び、
大人はビュッフェスタイルのブランチをいただきながら
両親同士会話を楽しむというスタイルでした。
中には子供に混じってサッカ-を始めだすお父さんも
いましたが…。
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カウンタ-には色々なパンやハム、チ-ズ、
卵料理が並んでいて
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私はクロワッセンとベ-コンやソ-セ-ジに卵をいただきました。
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最後子供たちには監督さんから、
クリスマスプレゼントが渡され
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こんな素敵なリュックときれいな袋の中には
お菓子がたくさんで、子供より私が喜んでいたくらいです。
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中はこんな感じ。

最後は監督さんに子供たちからも恒例のプレゼントがあり
(たいていはスポ-ツショップの商品券が多いようです)
4時間後、めでたくお開きになりました。

今日はこれまた三男の、
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今度は小学校のクリスマス朝食会でした。
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昨年同様、クラスの役員のお母さんが焼いてくれた
お人形の手作りパンに
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皆が持ち寄ったジャムや、チ-ズ、ハムを
いただきながら、これまた色々な両親と知り合いになる、
という趣旨のパ-ティですが、子供が低学年のうちは
夏休み前に1回、クリスマスに1回と必ず会が催されます。

ここでも先生にはみんなのプレゼント(学校の先生の
場合は多分本屋さんかなにかの商品券)をお渡しするのが
どうやらドイツのしきたりのようです。
なんせドイツで一番重要なお祭りごとといえばクリスマスですから、
こんな時にプレゼントは欠かせないということなんでしょうか。
普段はあまり贈り物をしない、財布の紐が固い傾向の
ドイツ人ですが、この時期だけはどうやら少し違うようです。
131217 001
小学校も気分はすっかりクリスマスです。
冬休みまであとほんの数日です。


レディー・ガガの素敵なお母さん

偶然、レディー・ガガさんが「徹子の部屋」に出演した際の
記事を見つけました。

その中で

「母は人間として美しい人、本当に美しくて……」と話す母への思い。
そのエピソードのひとつに、彼女の10代の頃の話が出ました


という始まりで、こう続きます。


厳格な家庭で育ち名門ニューヨーク大学へ17歳のとき飛び級で
入学している彼女ですが、高校生のときは、その個性的なスタイルから、
周囲からイジメられたり、からかわれることがあったそうです。

そんなとき、母の「あなたは変じゃないわよ」という言葉に勇気付けられたと話すガガ。
母は彼女に、「ムリに戦わないこと。相手に仕返しをするのではなくて、自分の中で
強くいるということ。自分は、ほかにはないユニークな存在だと思うこと」と言ってきかせた
のだそうです。いつもストイックなファッションに身を包んでいますが、彼女もまた、
人との付き合い方に悩むなど、普通の女の子だということが伺えます。

http://youpouch.com/2011/07/11/155523/ より



実は最近次男のサッカ-の様子が書けないのにはわけがあります。
次男は9月からの昨日までのリ-グ戦に、今季全く参戦させてもらえませんでした。
6月に監督さんと私達夫婦がもめたことが大きな原因の一つかと思われるのですが
今回の措置は、さすがの私もかなり参りました。
次男は町の選抜に入っていて一応町の全部の子供(2001年生まれで多分400人は
いるかと思われるうちの)ベスト17名のメンバ-です。
そこの監督さんからは、下手だなんてあり得ない、と太鼓判を
もらっていたこともあり、ただの意地悪でそういう待遇をうけているに違いない、
と思うと、チ-ムの監督さんに対して、この数ヶ月とてもいやな気持ちを持っていました。

それでこのお母さんの
「相手に仕返しをするのではなくて、自分の中で強くいるということ。」を
読み、同じ母として比べたとき、私とガガさんのお母さんは本当に
天と地ほども違うなぁ、と感心してしまいました。
相手を恨むのではなく、自分の中で強くなればそれで良しと
思うようになりなさい、と言ってあげることができる人はすごいと思います。

そんな素敵なお母さんだから今のガガさんがあるんでしょうね。

うちの次男はサッカ-を熱心にしなくなったかわりに、成績が上がりました。
なのでそれはそれで良かったと、サッカ-の試合に外してくれた監督さんには
感謝しなければならないほどなんでしょうけれど、ガガさんのお母さんのように
偉くない私は、そうは言うものの色々思ってしまったりもします。。。。

子供の親になり、人間が少しは出来てくるかと思いきや全くです。。

今回素敵な言葉を見つけて、自分の中で忘れないためにも、ブログで
書かせてもらいました。

子供達にも教えてあげようと思っています。

ガガさんのお母さんの言葉、と言えば、私が言うことよりは
まずます心に響きそうでもありそうですしね。。。


国民性をあらわすエスニックジョーク

エスニックジョークをご存知ですか?

ある民族もしくはある国の国民が一般的に持っていると思われている
典型的な性格や行動様式などに着目し、その特徴を端的に表現したり、
揶揄するようなエピソードを紹介することで笑いを誘うものだそうで、
エスニックジョークに用いられている民族性(国民性)とは当然、
ステレオタイプなものであり、必ずしも現実と一致しているものではないとはいえ
結構笑わせてくれます。

私が特に気に入ってるのはこれです。


様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになり、
乗客に海に飛び込んでもらわなければいけなくなりました。
色々な国の乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければ
一番効くか、船長さんが知恵をひねりました。

そして

  アメリカ人には、「今飛び込めば貴方はヒーローになれるでしょう」
  ロシア人には、海の方をさして「あっちにウォッカが流れていきました」
  イタリア人には、「海で美女が泳いでます」
  イギリス人には、「こういうときにこそ紳士は海に飛び込むものです」
  ドイツ人には、「規則ですので飛び込んでください」
  フランス人には、「決して海には飛び込まないで下さい」と伝え

  中国人には、「おいしい食材が泳いでますよ」
  日本人には、「みなさん飛び込んでますよ」
  韓国人には、「日本人はもう飛び込んでますよ」と伝えたということです。




随分前に聞いた時は、中国人と韓国人のは聞いていませんでしたので
今回はじめてで笑わせてもらいました。。。(ごめんなさい…中国人と韓国人の皆さん、
でもこれはあくまでもジョ-クですのでどうかお許しを…)

それから私がこのジョークで一番好きなのは、実はフランス人の
「決して海には飛び込まないで下さい」 なんですが、その昔
実際フランス人の友人にどう思うか聞いてみたんですが
「うん、そうかも」と言っていたところをみると、やはり
レジスタンス精神は今でも健在のフランスです。
それに比べて「規則だから」あるいは「みんな飛び込んでますよ」と言われ。
飛び込んでしまうドイツ人と日本人て、なんてかわいい(?)単純な人達なんでしょう。。

大げさであてはまらないこともありますが、このジョ-ク
私はステレオタイプの典型でけっこう気に入っています。

皆さんはいかがですか?
感想を是非お聞かせ下さいませ。。。


こんなのもこんなのも見つけました。


1人の美女と2人の男性のパターン
(1人の美女と2人の男性が無人島に漂流した設定でのジョーク)

アメリカ人の場合:1人の男は美女と結婚して、残った1人は牧師になる。
ドイツ人の場合:1人の男は美女と結婚して、残った1人は戸籍係になる。
スペイン人の場合:2人の男は決闘して、勝った方が美女と結婚する。
フランス人の場合:1人の男は美女と結婚して、もう1人の男は彼女と不倫する。
ロシア人の場合:美女は愛していない方と結婚して、3人で海辺に座って果てしなく嘆き悲しむ。
イタリア人の場合:何の気兼ねもなく2人の男は共に1人の美女を愛する
日本人の場合:どうしたら良いか、本社に問いあわせようとする。



ドイツ人の゛戸籍係゛、フランス人の情事っぷり、そして全く気兼ねなしの
イタリア人とは本当に、ステレオタイプで笑えますが、
なんといっても日本人の
「本社に問いあわせようとする」は最高でしょう。
かなり笑わしてくれます。。。
アメリカの牧師さんの多さは、ジョ-クになるほど多そうです。


皆さんも今回もし、多少は笑っていただけたようであれば是非
ボチッと左上のランキングを押して下さいね!!!
お願いします!!!

フランス人とドイツ人

アントワン君が来て、今回つくづく思ったのは
フランス人は物腰が柔らかく、受ける印象がとても
ソフトだということです。
一つはフランス語の優雅さが、そのように
感じさせるということもありますが、知らない大人に対しても
「ムッシュウ、マダム」と呼びかけることが当たり前だったり
何かと言えば、キスで気持ちを表したりする習慣があるため
四角四面な言葉を使用している、ドイツ人の子供たちと比べると
なんだか礼儀正しいように思えるのです。
相手に気を遣える、゛気遣い゛がドイツの子供よりある、というんでしょうか。。
もちろん今回あちらはお客さんだったので、普段以上に気を遣っていた可能性は
あるとはいえ、次男の学校の担任の先生も、彼らフランスの子供達の
人と話す時の社交性を高く評価していました。
ドイツ人の子供達は割合正直なのか、わざわざ無理に感じよくしようとは
あまり考えてもいなく、両親からもそのようには躾けられない気がします。
つまりそこでフランス人とドイツ人の価値観の違いがあり、当然教育方向も
違ってきます。

それが、特に東ヨ-ロッパ人には
「おしゃれでエレガントで、その上優しいフランス人、
それに比べてドイツ人の無愛想で感じの悪いこと」と悪口を言われる結果になるわけです。
ポ-ランド人、ハンガリ-人、ル-マニア人と色々な人から
このように実際聞かされたので、大方の東ヨ-ロッパ人の
ドイツ人の評価は大抵フランス人よりは低いかと思われます。


ところでお国柄を表したこんなジョ-クをご存知ですか。

この世の天国とは
「コックはフランス人 、警官はイギリス人 、技師はドイツ人 、
 銀行家はスイス人、恋人はイタリア人」

この世の地獄とは
「コックはイギリス人、警官はドイツ人、技師はフランス人、
 銀行家はイタリア人、恋人はスイス人」



フランス人が感じいいからと言って、万能なわけではなく
フランス人には不得手なことがドイツ人には得意だったりします。

ラテン系かゲルマン系かの違いは何千年たっても大きいまま、と
いうところに、フランスとドイツの関係の面白さがあるわけですよね。

ところでアントワン君が帰国してから、すつかり気分だけはなんだか
おフランスな次男は、突然フランスの歌をダウンロ-ドして聞くようになり、
簡単なことはフランス語で、言いたがるようにもなりました。
このままフランス熱が冷めず、将来はフランス人の奥さんを見つけてくればいいのにな、
と思ったりしてしまいます。。
いかんせん料理の腕では、フランス人女性の右に出る国は少ないでしょうから。。。
ドイツの奥さんの家庭料理よりは、フランス人の奥さんの
家庭料理が食べたいと思う、食いじの張った母親の私です。。。
…ついでに言うなら、長男は日本人の奥さんを見つけてくれれば最高です。
日本食がすきな長男が、ドイツ人と結婚して本当に幸せになれるのか、
少し心配です。。。
もちろん食事だけが大事なわけではないですけれどね。。。
でも3人のうち一人くらいは日本人のお嫁さんを見つけてきても、いいでしょう。。

美しいフランス語と無骨(?)なドイツ語 

フランスとドイツの何が違うと言って
最大に違うのは言葉の持つ雰囲気でしょう。

例えば人名にしても

ドイツ人  アントン  →    フランス人 アントワン
      クラウス  →          クロ-ド
      カ-ル   →         シャルル 
      マ-ティン  →         マルタン
      アンゲリカ  →         アンジェリク
          

フランス語のジュヌヴィエーヴ(Geneviève)とかすごくきれいなイメ-ジ
ですが、これがドイツ語ではゲノベ-バ(Genoveva)になるとなんだか
まるで違う名前のようです。フランス語のジョルジュ(George)が、
これまたゲオルグになり(英語ではジョ-ジですが)
耳から聞いた印象がもはや随分違う感じになります。

フランス語の美しさはホワンとした(でもかなり難しい)発音と
語尾は発音しないというなんとなくはっきり聞こえないもどかしさ、
そしてほとんど全ての単語をリエゾンして繋げてしまう、という
ところにあるような気がします。
というのはかなり文法や単語を熟知していなければ、聞こえない
単語が複数なのか単数なのか、あるいはリエゾンされて
まるで別の単語のようになってしまった、本来の単語は
一体なんだったか、全く理解不可能です。。

フランス語とドイツ語を比べて、文法は圧倒的にドイツ語が
難しいですが、そういう意味でもフランス語の発音の難しさはドイツ語の
比ではないかもしれません。ドイツ語は基本ロ-マ字読みでOKですから。

その上、フランス人は外国語(特に英語)の影響を
受けることで自国語が脅かされるのをとても警戒していて

computer(英) は l'ordinateur
email(英)  は le courriel という違う単語がきちんと
使用されています。ドイツ語ではそのまま
der Computer と die E-Mail であることを
考えれば、フランス人の頑固ぶりは賞賛に値する程です。

今でこそフランス人も英語を話しますが、その昔
国際電話でオペレ-タ-がいた時代(今から30年ほど前になりますが)
世界中に電話をつなげなければならないオペレ-タ-の共通語はもちろん
英語だったのにもかかわらず、フランス人だけが
「I can not speak English」といって英語をしゃべろうともしなくてあきれる、
と当時KDDでアルバイトしていた私の友人が言っていました。
私が30年前ほど前、フランス人に行った時も
パリでも人は本当に英語は話しませんでした。
基本的には「なんで一番洗練されたフランス語を話す
私達フランス人が、変てこりんな英語なんてしゃべらなければならないの」と
根底のところでは思っていたに違いありません。。。


そこで思うのは、フランス人がドイツ語をきいてどう感じているんだろう、と
言うことでした。
どの国の人にでも、フランス語の言葉の美しさは定評がありますよね。
ドイツ語は私は時々きれいだな、と、例えば、sch(シュ)の
発音なんかには思いますが、全体的の雰囲気はどうしても硬い感じです。

その上、挨拶はキスなんかもせず、あくまで握手の国ですから
さぞや堅苦しい面白みのない、その上、食べ物も特に美味しいものはない
変な国、と思っているかもしれません。。。。

真面目さや無骨さが取り得のドイツです。。。。
私は結構そんな不器用なドイツが好きですが。


しかし街名にしても

ケルンは コロ-ニュだし、特にきれいなのは
アーヘンが エクス・ラ・シャペル になるところでしょう。
カ-ル大帝の頃、彼の本拠地だったので、フランス語はそのまま
ラテン語から来た呼び名ですが、エクス・ラ・シャペルはドイツ語の
アーヘンより10倍はロマンチックな響きですし、これがオランダ語の
アーケンになると、なんだかこれまた違うな、という気分です。

こんな言い方は申し訳ないけれど、諸説はあるものの
オランダ語よりはドイツ語の方がきれいです。発音は…。
さすがのドイツ人達も、オランダ語よりは自分達の言葉の方が
マシだろう…と思っているはずです。

一方うちの長男に言わせれば、フランス語は「おかま言葉」らしいので
ドイツ人やオランダ人は、きれいなフランス語をそんな風に
感じる時もあるのかもしれませんね。
話し方も、フランス男性は優雅ですから、あ、でも
「悪態をつかせたらフランス人の右に出るものはいない」と
言われるくらい、激しい一面のあるようですが、これは貴族的な
意地悪さなんでしょうかね。
罵り言葉でも他に追随を許さないフランスです。
…すごいです。


それで次回こそは、フランス人の子供とドイツ人の子供の
違いを少し書きたいです。


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