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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう20年生活しています。
ドイツ人の夫と3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手や他のスポーツ、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 


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1月6日は聖なる三人の王様の祝日

今回は「聖なる三人の王様」についてまとめてみました。


ドイツでは1月6日の「聖なる三人の王様」の日は祝日のため、中でもカトリック色の強い我がNRW州(ノルトライン・ヴェストファーレン州)では、学校は今日までまだお休みなので、明日が冬休み明けの登校日となる。

ちなみにこの前後の日はカトリック教徒の子供達の1年の活動の中でもとても大切な日である。

なにをするのかと言えば、クリスチャンの子供達が「三人の王様」の仮装して、町や村の家々をまわって玄関で歌を披露し、恵まれない人達のための募金を集めをするという、1年の中でも積極的にボランティア活動に参加できる重要な任務をおびた日なのだ。

そう、つまりこの日は教会の貧しい人のための大々的なボランティア募金活動の日なのだ。

なので仮装してお菓子をもらいに来るハロウィ-ンとは違って、ズバリ募金をしてほしいという理由で各家々をまわっているので、もし募金してもいいと思われるようならできればお菓子ではなく、小銭を募金箱の中に入れてあげる日でもある。

たいていはチャイムを鳴らし、ドアを開けると三人の王様に扮した子供達と従者達がいて、歌を披露してくれる。

募金をすると玄関の入り口に細長いシ-ルを貼ってくれるのだ。

そのシ-ルには必ず年号と共に CMB とアルファベットが書かれている。

一体この暗号みたいなものは何だろうか?

知らないと不思議な暗号としか思えないが、実はこれは三人の王様の名前ということで、Cはカスパール (Casper) 、Mはメルキオール (Melchior)、Bはバルタザール (Balthasar)とこの三博士の名前なのである。

ドイツでは「三人の王様」という名前だが、日本ではこの「三博士」あるいは「三賢者」の方が聞いたことがあるという方は多いのではないか。

そう、イエズス様が馬小屋でお生まれになった際に駆けつけたと言われる、「三博士」がこの「三人の王様」なのである。

で、この聖なる三人の王様達はイエズス様にそれぞれプレゼントを持ってきたのだが、

没薬を持ってきたカスパール は、将来の受難である死の象徴で青年の姿、
黄金を捧げたメルキオール は王権の象徴で老人の姿、
そして乳香を持参したバルタザールは神性の象徴ということで壮年の姿、

ということで、またこの三人は三大陸ーヨーロッパ、アフリカ、アジア-の象徴なのだとか。

なので、この三人のうちの一人は必ず褐色の肌の方がいて、特別に
「Der könig der Mohr(有色の肌を持つ王)」という別の呼び名が特別にあるのだ。
それで、一番わからないことは誰がこの褐色の肌を持つ王なんだろうということなのだが、色々と調べてはいるのだが、相変わらずよくわからない。

カスパ-ルはラテン語の名前ではあるが、ペルシャ語では「財務官」の意味だから、彼は中東から来た人なのだろうという説からか、中世時代にはカスパールは肌が褐色に描かれていたのだが、後世ではバルタザールが黒人になる時もあり、というようなこともあるようだ。

(ちなみにメルキオールとバルタザールは典型的な当時の人々のヘブライ語系の名前なのだそうだ)

またドイツの教会系の冊子の説明のうちの1つには、カスパ-ルはペルシャ語の意味を持った名前だと書いてあるのにも関わらずアフリカ人とされているものもあり、そこではメルキオールはヨーロッパ人、バルタザールはアジア人と明記されていて、本当に諸説色々で、これは調べれば調べるほどはっきりと断言できなくなっていく。

でも老人らしい顔立ちの方はヨ-ロッパ人のようで、彼がやはりメルキオールなのではないかと思われる。

ただ面白いことに、「三人の王様」が祝われるようになった6世紀頃はアフリカ人というのはエチオピア人くらいまでであり、肌は黒くても「褐色の肌を持つ王」は現代の私達が想像するアフリカ人という感じではなく、少し精悍な顔立ちで描かれている。

アジア人もやはりイラン人くらいのことを指していたといわれるせいなのか、少なくとも東洋人の顔立ちではないことが多い。

なので先程の話に戻れば、カスパ-ルがペルシャ語の意味を持った名前というのであれば、イラン人の可能性が強いカスパ-ルがアジア人なのではないかと推測したくなるのだが、ドイツではカスパ-ルがアフリカ人の「褐色の肌を持つ王」だと解説されていることが圧倒的に多い。

補足だが、この三人の賢者の贈り物で「黄金」はとてもわかり易いのだが「没薬」と「乳香」とはなんのことかご存知だろうか。

「没薬」とはミルラと呼ばれる、当時死者の身体に塗られた防腐剤で、「乳香」とは乳香という樹液から作られるミサのときに焚かれる高価で貴重なお香なのだということだ。

それで実はうちの近郊の有名なケルン大聖堂で、長年巡礼者が目指してきていたのがこの「聖なる三人の王様」の聖遺骨であり、12世紀後半にババロッサと呼ばれる赤ひげの神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世がイタリアのミラノから奪い取って来たものである。

この他にも「ミラノのマリア」像も盗んできたのだが、他国から奪い取ったものが巡礼者の聖遺物となり、今でも大聖堂一番の聖なるものとして有名なわけだから、たまに不思議な気持ちになる。

ミラノも長年よく返してくれと言わなかったものだと、その度量の方に感心してしまう。

もしケルン大聖堂に寄られた際は、是非この「三人の王様」の聖棺も忘れずに是非見学してほしい。
お薦めです。




Kommunion - 初聖体の儀式-

この時期カトリックの地域ではとても大切な子供達の儀式があって、それがKommunion(コミュニオン)というものです。
「初聖体の儀式」といって、この儀式を経たのち、ミサでご聖体のパンをいただけるようになります。
幼児洗礼しても、この儀式をしていなければ、ご聖体はもらうことができないのです。
ErsteHlgKommuni.jpg
何が楽しみといって少女達の可愛らしい姿でしょう。
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一般的に8歳から9歳くらいの時にこの儀式に参加します。
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必ず手作りのろうそくを持っての参加となります。

うちも三人の息子達全員このKommunionに参加しましたが、帰宅すると家のポストがお金や商品券なども入ったお祝いのカ-ドでいっぱいになっていて本当にびっくりしました。
村中でお祝いするのがこの儀式の特徴です。
教会には村人達がいっぱいつめかけ、クリスマスのミサよりも多いくらいです。
正直いつもこのミサだけは感動します。

P1080786.jpg
こちら先日のうちの村のKommunionの儀式でした。

うちの三男はもう4年ほど、神父様のお手伝いをする従者なんですが、村も子供が少なく人手不足でやめることができませんが、少しでも村のためになれれば、とても良いことだと思います。
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あのような素晴らしいミサの経験をさせてくれた村の人達にはお礼を返したい気持ちでいっぱいです。


キリスト教においてのイースターの本当の意味

「キリスト教徒においては1年でクリスマスと同じくらい、あるいはそれ以上に最も大切な祝日なのである。」

…と、イースタ-について書かれているのを見たことがあるでしょうか。
せっかくなので、これはどういう意味なのか考えてみることにしました。
なぜなら、日本ではイースターは復活祭のことということはわかっても、どちらかと言えばクリスマスの方が大切な日だと捉えられているのではないかと思い、欧米人が考える真のイ-スタ-の意味を今回考察し、日本の皆さんの理解を少しでも深めていただけたら、と思いました。というのは自分自身、最近やっとこの意味がはっきりわかったということもあり、色々な方に是非読んでいただきたくなったからなんです。

以下、イースタ-について私なりにまとめたものです。
ご興味のある方は一読いただけると嬉しいです。


聖金曜日から始まるこの祝日だが、金曜日にキリストは十字架にかけられ亡くなられたということになっている。

聖書ではその3日目の朝(3日目なら月曜日ではと言いたくなるが、この日は絶対に日曜日でなくてはならず、3日目ではなく3回目の日と考えればいいようだ)、マグダラのマリヤと数人の女性がキリストの墓を見に行くと、お墓は空になっていて、天使がキリストの復活を伝え、マリア達はそれを12使徒に伝え、ペトロ、ヨハネはじめ、弟子たちとそして2500人もの群集が復活されたキリストの姿を確認したという。キリストはそれから再び連日神の教えを説き、40日後についに神の国天国へ昇天されるというのが一連のキリスト復活節の物語である。

死者が生き返るというような奇跡をおこしたイエズスは神の子以外の何者でもない、これこそがキリストは神の子である決定的な証拠であり、また神の御前において、
「永遠の命」を説いてきたキリストの話は本当だったのだと使徒たちや群集が心から信じた記念の日くらいに私自身はこの祝日の意味ををとらえていたのだが、それは正しいけれど、でもまだこれではこの話の本当の意味にたどり着くには不十分である状態だ。

だいたい本当に復活したのかどうか本当にはわからない、伝説じみた話がどうしてそんなに大事な祝日になるのか不思議なものだ、と思ったりしないだろうか?

そもそもキリストは本当に復活したのか、磔刑とは通常死ぬまでに3日くらいかかるものではないのか、ならば実際にはキリストはそもそもなくなる前に気絶した状態で葬られただけで、単に3日目に目が覚めたということを復活と言っているのが真相ではないかとか諸説もあるそうだが、この復活記念日において大切なことは、実はこの復活が本当だったのかどうかということですらない。

実はこの話はもう少し踏み込んで考えてみると、この話の焦点は実は違う点にあるということが理解できるのである。

キリストが官憲に囚われた際、12使徒全員がその場から逃げたのはご存知だろうか。最長老で使徒のリ-ダ-的存在であり、後にロ-マカトリック教会初代のローマ教皇と認定されるペトロでさえも、官憲に捕まりイエスの弟子であるか尋ねられた際、

「私は彼のことは知らない」と3回も嘘をついたことは有名だ。

ところが、そのおびえて逃げた12使徒全員がこの復活祭を経た後に、劇的に真のキリスト教徒と変わり、12人のうち実に9人が、ローマ、トルコ、ペルシャやインドで逆さ十字架刑、X字型十字架刑、斬首刑、生きながら皮をはがされるというようなむごい刑で殉教する道を選ぶことになる。

この臆病者だった12使徒がこんなにも勇敢に布教を始めたのは何故なのか。

キリストの復活が本当にあったのかどうか今となっては誰にもわからないのだが、この使徒達の激変ぶりをみると、キリスト復活、あるいはそれに匹敵するくらい衝撃的な出来事があったということには違いないのでは、と推測される。

そういう意味でも、この出来事は「復活」と考えるのが一番おさまりが良く、これ以外の選択肢はないように思える。

つまり磔で処刑されたキリストを見捨てて逃げた使徒達はこの一連の出来事で真のキリスト教徒となる道を自ら選び、布教活動を始める。自らいばらの道へ進むことを決心するのだ。
それはつまりこの復活が契機となったということで、イースターとはキリストが復活したということを単純に祝う日というよりも、キリスト教の真の始まりの日と理解すべき日ということになる。

それが証拠に英語やドイツ語では「復活祭」は「東」という語源から変化した
「イースタ- Easter」や「オースタ- Ostern」と名づけられているではないか。

東と言うのは日が昇る場所、光が来る場所、神様が君臨される場所とヨ-ロッパでは考えられてきた。

この日を境に、キリスト教が生まれ、世の光である神の教え、すなわち光が来たという意味が「イースタ-」なのであり、キリスト誕生のお祝いも始めにキリスト教ありき、なので、そう考えると一年で一番くらいに大切な祝日だという意味はご理解いただけたと思う。


今回、日本の皆さんには馴染みの浅いイースターについて長々と書かせてもらい、あまり興味は持たれなかったかもしれませんが、どうしても一度自分なりにまとめてみたかったのです。

最後まで読んで下さった方には心から感謝致します。

以上、キリスト教徒にとって復活祭がクリスマスより重要な祝日の理由でした。

ドイツ 諸聖人の日   11月1日

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今日は11月1日ということでドイツでは1年のうちでも
特に大事なカトリックのお祭りで「全ての聖人と殉教者を記念する日
(古くは「万聖節」と呼ばれていた)」でした。
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うちの三男が今日 Messdiener(ミサの手伝いをする堂役と
呼ばれる少年)のお役目だったこともあり、またこの日は日本のお盆の
ように死者(今日は主に聖人、明日の11月2日は本当に全ての「死者の日」
2年前に亡くなった義父を偲び、家族全員でミサに参加することにしました。
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ミサ終了と共に、神父様と堂役のあとについて皆で
墓地まで移動します。
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そこでは主の祈り「天にまします我らの父よ」と天使祝詞「めでたし
聖寵充ち満てるマリア」の祈りを唱え、解散となりました。
日本語では唱えられるのですが、ドイツ語ではまだきちんと覚えて
いないため、いつも口の中でもぐもぐしてしまう私です。。。
allerhei4.jpg
お墓にこの赤い瓶に入った蝋燭を置くのが、ドイツでは
一般的です。

ちなみに今日の写真はうちの村のものではないので全て少し
ゴ-ジャスです。
長男、次男が教会で私が写真を撮ることには大反対
(不敬虔なんだそうで)自分で撮る事ができませんでした。
三男の堂役姿が小さくて本当にまだかわいいので、今のうちに
是非一度撮りたいものだと思っています。。。。。

明日は11月2日で「死者の日」です。

三男-ミサの手伝い Messdiener 

この夏から、三男は教会で Messdiener になり月に2回くらい、
司祭様のミサを手伝う係りになりました。
それで先日、長男・次男と共に久しぶりにミサにいきました。
150914 014
Messdiener とは何かと言うと、日本語では堂役(どうえき)というそうで、
Wikipedia によると
「神品機密を経ない、男性の信徒が勤めるカトリック教会・聖公会の侍者。
司祷者の指示に従い奉神礼の流れに合わせ、主に至聖所での神品の動作を輔佐する。
火や油や聖餅(聖パン)など、扱う物が種々に亙る」というものだそうです。
Bild-1-_Messdiener1_Foto_Mi.jpg
堂役ってなに? と思われる方のため、違う教会のですが
堂役の皆さんがよくとれている写真をはります。
messidiener.jpg
教会のミサだけでなく、プロセッションと言われる行列で練り歩く儀式や
屋外でのこんなミサにもいつも神父様の補佐をしています。

うちの村では「初聖体の儀式」を終えた子供たちが、この役に
つくことができて、5年ほど続くけるケ-スが多いかと思います。
長男・次男は全くしたくなかったので、無理にさせませんでしたが
三男は自分から 「Messdienerになりたい」と言い出したので
させることにしました。

最近ブレイクダンスも習い始めて、とても気に入っているので、
もうそろそろ本当にサッカ-は終わりそうです。

三人子供がいると皆それぞれ全く違うというのはわかってはいるものの
それでもついにサッカ-をやめてしまいそうなのは、やはりとても残念ですね。。。


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