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マルゴママ

Author:マルゴママ
ドイツ北西部の片田舎でかれこれもう20年生活しています。
ドイツ人の夫と3人息子、そして一人娘(?!)の猫クレオとそして雄猫シザ-リオと共に、ドイツの子供の学校と大学生活、ドイツサッカ-もたまに、空手や他のスポーツ、またドイツの村での生活風景を気のむくまま綴っていきたいと思っています。
 


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アマチュアサッカ-選手ということ その2

先日の金曜日から今季のサッカーシーズン開幕ということで近郊のケルンではケルンが誇る世界遺産のケルン大聖堂にて、1.FCケルンのサポーター達が今季の試合の勝利祈願のため、大群でミサに参加していたらしいです。
あと、ゲームのメッセまであり、そんなことが重なりケルンの街は週末は大変な人出だったとか。

さて私は土曜日、長男の新チーム初試合を見に行きました!

チームを移って最初からスタメンになれるかどうかはわからない、と考えていたようですが、2週間前ほどのドイツ杯試合(ボロ負けでしたが)やなんやかんやの活躍が認められて、なんと最初からスタメンに!
その上、試合の結果で投票でベストプレイヤーを決めることができるインターネットサイト(プロの1部からアマチュアの11部まで誰でも投票可)では、チ-ム内ではベストプレイヤー1位と言う光栄な評価をもらい、リ-グ内16チ-ム全チ-ムから11名だけ選ばれるベストイレブンにも選出され、単純にも嬉しくなっていた母でした。

ま、8部リ-グの話なんで非常にレベルが低いところで喜んでいるわけなんですが、実はその試合の一日前に、大学の試験の結果もでまして、なんとか合格。
実はドイツでは同じ科目を3回落とすと留年すらできず退学となるんですが、このテスト長男はなんと3回目で、まさに崖っぷちでした。
その直前は、日曜日、水曜日、木曜日と州に3回も試合に出ていて、先の「アマチュアサッカ-選手ということ」を書いたころは私は内心
「長男はこれじゃあ大学辞めることになるかなぁ」とも考えていたくらいでした。
それでも、その反面こんな崖っぷちでありながら試合もきちっと出る長男を誇らしくも感じていました。
主人は、こんな大学の進級がかかっている時にサッカーの試合とは頭は大丈夫かと思っていたようですが、私はそうは思っていなかったんです。頭がおかしいのは長男のせいではなく、この母親のせいかもですが…。

まあ、とにかく、そんなこんなで大学も続けることができ(ドイツの大学、長男の化学科は実に5分の1くらいしか卒業できません)、サッカーも順調で何よりでした。

それで実は今回書きたかったのはここからなんですが、試合後長男が家に帰宅して話してくれたんですが、今回の対戦相手は1ヶ月当たり、1000ユ-ロ(約11万円)の報酬を貰っている選手も、車を1台自由に使わせてもらっている選手もいたそうです。

これには正直びっくりしました。
だって、8部リ-グですよ!?

よくよく話を聞けば、今回の対戦相手は7部昇格を目指しているとのことで、そのためにこの選手達を近郊のベルギ-の町から引き抜いて来たんだそうです。(それでも今回2対1で長男チームは勝ちましたけど

8部でもこんなことあるんですね。
でも以前知り合いが10部リ-グでも1ヶ月500ユーロの報酬を貰っていたことがある、と言っていたので、破格に上手な場合は下の方のリーグでもそんな報酬が発生するのですね。

で、次男にこの話を聞かせ、昨年度までの長男のいた村のチ-ムで
「長男がもらうはずだった200ユ-ロ、あなたがもらえるように、頑張りなさいね!」と一応はっぱをかけておきました。

まぁ、長男に提案された報酬を次男が貰えるとは正直思っていませんが、次男のモチベーション作りになれば良いかなと、思っています。
でもそれを聞いて少しやる気が増した感じの次男です。
単純な男なんです、次男は

と、今回はドイツでは下の方のリ-グのアマチュア選手でも高額の報酬が発生するというお話でした


アマチュアサッカ-選手ということ

サッカ-もそろそろ新しいシ-ズンが始まりますが、長男は村の10部リ-グから隣村の8部リ-グへ行き、次男はやっと村の10部の大人チ-ムに入ることができました。
次男は本来であれば A-Jugend(U-19のこと)のチ-ムの年齢ですが、ドイツでは1つくらい年が上のチ-ムに行くことは可能です。

長男は辞める際、村のチ-ムに月額200Euroのお小遣いを支払うので、止めないでくれと引き止められましたが、村の選手達のいいかげんさにほとほと嫌気がさしたらしく、隣村に移りました。
練習は無断で来ない、試合前日はみんなでパ-ティ-で騒ぎ、試合にも半分酔っ払ったままではないか、というような状態でやってくる、その上いつも人数も足りない、という感じで、まあ、一番下のリ-グのしかも村のチ-ムなんで、仕方ないです。
だいたい数ヶ月前には監督も匙を投げ、一言も言わず辞めてしまったくらいなので、みんなのいい加減さも極めた状態の中、長男だけは何があっても練習へも試合へも行ってました。
長男は元来とても真面目なんです。

選手の人数が足りないので、ほぼ全部のポジションを一人で頑張っていたほどだ、とクラブの責任者には言われ、
「彼が違うチ-ムに行きたいのは本当に納得できる、でもいつ帰ってきてもいい、いつ帰ってきても彼には毎月200Euroの報酬は約束するから」と約束してくれたほどでした。

実は私は、このブログを書き始めた頃、なんでこんな「アマチュアサッカ-選手を目指している」なんてふさけたようなタイトルをつけたかと言えば、実は決してふざけていたわけではなく、本当に子供達には「アマチュアサッカ-選手を目指して」欲しかったからなんです。
「アマチュアサッカ-選手」になって、月にいくらかのお小遣いをもらえるようになってくれれば良いな、それは本人もとても幸せだろうと本当に思っていました。

結果的にこのお小遣いはもらえないまま違うチ-ムへ行ってしまいましたが、それでも長男は大学生をしながら続け、また元来いい加減な次男もなんやかんやと言いながら、今度は長男の穴を埋める主力選手と期待され、村のチ-ムで新しいシ-ズンを迎えます。

ドイツでも17歳、18歳くらいでサッカ-を止めていく子供は結構たくさんいます。
日本でもそうですよね、大学受験や大学生活で忙しくなりますし、勉強をまじめにしたら時間的のも難しくなりますし、あるいは彼女ができたり、またはまた違う興味が出てきたり、とそんな理由で止める場合ももちろんあるでしょう。


うちの長男も大学卒業ができるかまだ全然わかりませんし、次男は大学へ行けるかも不明ですが、それでも「これだけは好き」と続けられることがあるのは幸せだろうな、と思います。
例えそれが一銭にもならない、最下位リ-グの最下位チ-ムでも、それでもこうやってアマチュア選手として出来る限りサッカ-を続けてくれたら良いな、と思います。

三男は7歳でサッカ-を止めてしまい、そんなわけでこのブログの「アマチュアサッカ-選手を目指している3兄弟」というタイトルは全く真実とは違うものになってしまいましたが、それでもこの変なタイトルが気に入っていので、このまま続けたいと思います。

いつか2人もサッカ-を辞めてしまった時はその時こそ、ブログの題名は変えなければならないですね。

そして面白いことに長男が移った先のチ-ムの監督さんは、なんと日本のJ1で選手をしていたことがある方でした。
また次男は昔U5からU9くらいまでずっと一緒だった幼馴染の友達がたくさんいるチ-ムになり、これはこれで楽しそうです。

サッカ-は本当に素敵なスポ-ツですよね。
7歳で辞めてしまった三男は他に好きなことがあるので良いのですが、それでも少し残念だったな、と親としては思ったりしていますが、好きなことはせめて大人になっても続けてくれれば、それはそれで良いのかもしれません。
続けるということは難しいことですものね。

勉強はもっと難しそうですけれど…。
3人ともまだまだどうなることやら…です。ヤレヤレ…・。


9年前のCenter Parks

今回このベルギーのセンターパークへ行ったのは、家から近くリーズナブルだったという理由以外にももう一つ思い出を確認したいという思いがありました。
9年前、長男が10歳になる年に、実はサッカーチームの皆でもやはり同じ所へ行っているんです。
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チームの子供10人、監督さん2人、そしてどういうわけか私と主人と、次男と2歳になる直前の三男まで一緒に参加させてもらいました。
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その時、子供たちがとても喜んでいたのは、もちろんプールとそして、この海賊島探検ランドでした。
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夕焼けの湖の岸でも喜んでいました。
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そしてもうひとつの大きな思い出ですが、その時は助監督のMさんも一緒に来てくれました。
彼はお嬢さんが2人で、まだ小さくサッカーもしていなかったので、全く私達の子供達のために使うためだけに4日間もの時間を費やして、同行してくれたんです。(監督のRさんは長男君がチームにいましたから、パパとしても兼ねての同行でしたが)
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まさかそんな優しいMさんが、半年後に亡くなるとはこのときは誰も思いませんでしたが…・。
出張先のホテルで心臓発作を起こし、突然急死してしまわれたんです。
まだ40歳という若さで、その上、奥さんは妊娠中、待望の男の子を待ちわびる日々を送っていた矢先のことでした。
その発作がもしホテルではなく、自宅でのことだったら、誰かがそばにいる時なら、もしかして亡くなるなんてことにはならなかったかもしれないと、その際奥さんも周りも本当に悲しい思いをしたことでしょう。

お葬式の日、チームの子供たちが円陣になって、彼を偲んで泣いていたことは今でも忘れることができませんが、でも奥さんやお子さんの悲しみはどれほどだったことでしょう。
下のお嬢さんはまだほんの3歳で、その3ヶ月が生まれてきたE君は一度もお父さんに会うこともできなかったなんて、あまりに悲しい話です。
E君も今ではもう8歳になり、村で元気に遊んでいる彼を見かける度に、あの時うちの息子たちはじめ、よその子供たちがはMさんと素敵な4日間を過ごせたのに、何故彼のお子さんがそれはできなかったんだろうと、とても申しわけない気持ちにかられてしまいます。

あんなに若くして亡くなると知っていたなら、よその子供達のために時間を使う必要なんてなかったのに、彼は本当に素晴らしく優しい人で、そして、若くして亡くなってしまいました。
彼のことを思い出すと、神様が自分のそばに置きたい人は早くに亡くなるという話は真実なのでは、といつも思ってしまいます。

8歳になった息子さんのE君には、亡くなったMさんの面影が残っていて、彼の息子と遠くからでもすぐにわかります。
大きくなったら、生き写しのようになったら、Mさんが戻ってきたように皆感じてしまいますよね、きっと。
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9年前、みんなで過ごした本当にとてもきれいな4日間だったんです。

ついに11部リ-グから10部へ昇格 その2

それで先週末はこんなチラシが村の各ポストに配られました。
170610 010
土曜日は今季最後の試合なので、無事10部リ-グに行く村のチ-ムのお祭りに参加下さい、というチラシだったんです。
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ソ-セ-ジに色々なボランティア女性達の手作りサラダを食べながらビール片手にサッカ-観戦。
170610 031
私の15年来のママ友は、チ-ムの写真が張ってある(これも食べられる)サッカ-場型ケ-キを持ってきていました。
170610 028
サポ-ター軍団はここぞとばかりに、爆竹や煙を放出してモウモウにし、後方の道路を見えない状態にして運転者たちにクラクションを鳴らされていました。
170610 024
その前では選手がトロフィ-を皆でかかげ、その後はトロフィ-にビ-ルを注ぎ、皆でおおはしゃぎでした。
170610 040
村人たちは夜まで宴会を楽しみ、DJは呼ぶは、10時半過ぎには打ち上げ花火まで出たという、なんとまあ、本当に村をあげてのお祭りだったわけです。
それもそのはず、100年の歴史を誇る、村のサッカ-チ-ムが10部に昇格したのは100年の間になんと3回だけ、ということで、昇格してもすぐ降格というお粗末な歴史しかないため、10部くらいでもうちの村ではもう十分大きな出来事だったわけです。
 
と、まあ、相変わらず週末はなんやかんやと忙しい村の生活です。

ついに11部リ-グから10部へ昇格

170515 089
街のサッカーチームから「俺らの夢を叶えるのを手伝ってくれ」と村の青年団に1年近く口説かれ続け、万年最下位リーグから抜け出せないしょうもなく弱小の村のサッカーチームへ長男が帰ってきてから約1年 ― ついに村のチ-ムはその目標通り、10部リーグへの昇格の夢を果たすこととなりました。
170515 040
今期30試合中、28試合(1試合同点、1試合負け)の勝利をおさめた我がチームは、1ヶ月前には来季昇格は決定となり、その日は村人もたくさん集まり、既にもはやお祭り騒ぎでした。
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見に来てくれた村人達にお礼のあいさつ
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その後はビールや水のかけあいっこ
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みんなで芋虫(? 名前は知りませんが、なんだかそんな感じ)ダンス
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そして一人ずつひざまづいてのビールの洗礼
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でも今季なんといっても大活躍だったのは村の応援団でした。
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村の青年団の応援団たちは、試合のたびに太鼓やラッパ、拡声器を持って応援に駆けつけ、選手の闘志を鼓舞し、健闘を称えました。彼らもまた25,6歳の若者で、選手の友人、幼馴染、あるいは兄弟だったりするのですが、この木のベンチを手作りで作ったのが、3月くらいのことで、ホ-ム試合ではここに陣取り、遠征試合では取りあえずおそろいの服を来て、旗を持って駈け付ける、なんとも頼もしい応援団なんです。

サッカ-場はみすぼらしく、更衣室は超古くてボロボロ、夜の試合でもライトもないような、人口770人の村の本当にしょうもない超弱小サッカ-クラブですが、こんな応援団がいる素晴らしいチ-ムです。

「夢はかなう」と体現できた彼らは本当に幸せだと私は思います。
例えそれが11部リーグでの夢でも、それでもそこに仲間がいて、それが皆小さい頃からいつも一緒だった幼馴染や親友、当時子供時代にかわいがってくれたティ-ンエイジャ-だった憧れのお兄ちゃん軍団なんですから、他に望むものなんてないでしょう。
そしてその彼らの夢に、みんなの予想通り貢献できた、これまた幸せ者の長男でした。
一番年少(本来であればU19のチ-ムにいたはず)で一番小柄な長男は、チ-ム内3本の指に入るベストプレーヤーで、贔屓目でもなんでもなく、彼無しにこの夢は叶うことはなかったことでしょう。

こんな村のサッカ-チ-ムに帰ってきて、今つくづく幸せをかみしめている長男でした。

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