2018年07月13日 (金) | Edit |
久しぶりに数年前に日本語を教えていた子に会いました。

彼女が13歳くらいから2年半ほど日本語を一緒に勉強して、その後彼女は日本へ1年行き、帰国したのが昨年の2月くらい、4月に一度会いましたが、その後また夏休みに彼女は日本へ行ったり、私自身も今年の春休みに日本へ一時帰国したり、なんやかんやと忙しく、最後に4月に会ったのを最後に1年以上会わないままだったので、もう一度また会って、彼女の日本語能力が衰えていないか、チェックしなくちゃなぁ、と考えていました。

また冬に一度彼女のお母さんから連絡を取り合った際に、彼女が非常に落ち込んで学校へも行きたがらない、というようなことも聞いていたので、とにかく一度会わなくては、と思ってはいたんですが、彼女自身は私に返事も返してくれず、もし彼女が何か問題を抱えていて、とてもつらくて私とも誰とも会いたくないのなら無理強いはできないし、と考えて悶々としていているうちにまた時間が経ってしまい…。でも先月彼女のお母さんに確認してもらい、私と会うのはかまわないということで、やっと昨日彼女を誘い散歩へ行ってきました。

1年3ヶ月ぶりの再会でした。

昨年4月にも長い髪をばっさり切っていた彼女で、その時は「まあ、ずいぶんボ-イッシュになって」くらいに思っていたんですが、今回は彼女はもはやボ-イッシュは超えて、まるで男の子のように変化していました。

というのは、実は彼女は、トランスジェンダ-だったんです。

両親もとくにそれを隠すわけでもなく、私自身もそのことは実は数週間前には聞いていたので、知ってはいましたが、実際会うまでは、本当のことはわからないと考えていたんですが実際会って私もやっと信じることができました。

彼女と話してわかったのは、実は昨年日本から帰国したあたりから、そのことに気づき始めたそうで、夏に日本へ行った時は、日本のお友達にはカミングアウトして、
「そうだと思ってたよ!」と仲間たちから受け入れてもらい、ドイツの社会では日本以上に受け入れ態勢も良さそうなので、その件については彼女自身あまり悩むもともないようでした。ドイツでは現在名前も男の子の名前になり、男の子グル-プに入って、遊んでいるそうです。ドイツではこのようなことはカミングアウトすることはそれほど大変ではないと思います。なんせ、数年前ベルリン市長でも自分はゲイであるとカミングアウトして、パ-トナ-の男性と事実婚状態だと誰もが知っていたわけですから。

そういうわけでドイツではそんな問題は隠すようなことでもなく、ゲイでもレズビアンでもバイセクシャルでもそんなことはオープンにしてOKという感じらしいので、大丈夫は大丈夫なんですが、ただのゲイとトランスジェンダ-は問題の大きさが違うな、と感じたのが昨日でした。

私は彼女を13歳くらいからかれこれ5年近く知っているわけで、彼女が長い髪の普通の女の子時代、彼女に彼がいた時代も知っています。

私自身、日本でそういう知り合いがいたにもかかわらず、でもその彼女が髪型のみならず、服装も話し方も立ち居振る舞いも女の子ではなくなってきているという状況に最初は戸惑いすら感じました。

こんな風に彼女をたった数年知っているだけの私でも戸惑ったことを考えると、両親や兄弟、あるいは親戚の気持ちはやはり複雑なのではないかと想像しました。
また両親であれば、複雑という以上に、精神的につらい局面、また経済的な支援が必要なことも出てくることでしょうから、ただ単に性的な嗜好であるだけのゲイをカミングアウトされること以上に、色々と面倒だったり、心配だったり、また金銭的な問題の全てを受け止めていくのは時として本当に大変なことでしょう。

名前も男の子の名前になり、ぱっと見た感じは男の子のようでもやはり女性に生まれついた宿命で、線の細さのような身体的特徴を変えるには時間もかかることでしょう。
でも逆に本来綺麗な顔立ちで手足も長くスタイル抜群だったので、そのまま男の子になったら超いイケメン君になっていて、このまま映画デビュ-などはどうだろう、とも思ってしまいましたが…。
トランスジェンダ-のスタ-も今はそう珍しくもないでしょうけれど、それでもあれほど端正な顔立ちの男性というのは世間でも少ないですよね。美しい少年に生まれかわったという印象でした。

昨日は色々深く考えさせられ、彼(もう彼女とは言いません)の今後の幸せのみならず、両親、兄弟もやはり幸せになってほしいと強く感じた一日でした。
2018年05月20日 (日) | Edit |
今日ドイツは聖霊降臨祭で、うちの村は5月祭りでした。

こんあきれいなドレスを着たカップル達のパレ-ドからはじまります。
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会場では鼓笛隊のマーチが待っています。
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それで今日は5月祭りの王様と女王様の舞踏会ということで、例年通りまずはこの2組のワルツから始まりました。
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生バンドの演奏に会場内は盛り上がり、
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最後は老若男女入り混じってのディスコ大会になってしまい、ワルツやスロ-フォックスを踊りたかったうちの主人はうなだれ、2人とぼとぼと帰宅したという日となりました。

東京でディスコ全盛期に育った私が(歳がばれますが)、何を好き好んでこのドイツの超片田舎のディスコパ-ティ-に参加しなくてはならないのか…(涙)…と後半に思いましたが、途中は結構自分でも楽しんでました。
若人ばかりではなく、おじさん、おばさん、私達以上に年配者も山ほどいて、年甲斐もなく恥ずかしいと思わずにすみました。

日本ではもう今時こんな古臭いディスコなんてないのでしょうから、これはこれでレトロな感じでさすが ゛Theドイツ片田舎゛ という感じでした。
また中には何十年もこんな風に踊っているのだろうという感じの人たちもいて、かなり上手で見ていても楽しめました。
こちらの人達は一人で踊るダンスではなくてカップルで踊るディスコフォックスというダンスがとっても上手なんです。

Nenaの「99Luftballons」まで演奏され、35年前に一瞬ひとっとびした気分でした。


2018年05月19日 (土) | Edit |
昨日うちの主人の勤めている研究所にて盛大な追悼式がひらかれました。
NRW州の知事はじめ、歴代の研究所の所長さん、おまけにフランスの国宝といっても過言ではない、有名な教授までわざわざいらしての式典でした。

それもそのはず、この式典の主役であるG先生こそドイツの国宝級の教授であり、世界トップの研究者だからなのですが、右を見ても左を見ても、VIP級の教授ばかりの式典でG先生の功績を考えれば当然なのでしょうけれど、あのような式典がうちの研究所で次回開かれるのことは当分ないことでしょう。

G先生は巨大磁気抵抗効果の発見をされ、これがコンピュ-タ-のハ-ドディスクの容量を大幅に増やし、この発見が現在のスマホの発達にも役立っているわけで、当初これを発見なさった時はボスの教授に「こんなものは役に立たない」と一笑されたのだそうですが、それを押し切って特許を取られたそうで、この特許がなければ2006年から立て続けに受賞された数々の世界的な賞の受賞にはならなかったでしょうから、本当に良かったです。

G先生は会えばいつも大変ご親切に接して下さり、大変高名になられる前は、我が家にもきていただいたことがあります。
ですが、大変に高名になられてからは、恐れ多くて我が家などのにお呼びできなくなり、また世界中に行かれるようになったこともあり、この10年はお会いする機会もほとんどなくなっていましたので、式典でお写真を見てとても懐かしくなりました。

ただ奥様とは長年親しくさせていただいており、先週にあった家族と親しい友人だけの簡単な葬儀、という会にも呼んでいただき、G先生を偲びました。

祭典のあった昨日はG先生の79歳の誕生日でもありました。

偉大な研究者であり、人間味溢れる魅力的なお方でもありました。
ご主人様を亡くされた奥様が今後心安らかに、またこのまま御幸せでおられるように心からお祈りいたします。



2018年03月06日 (火) | Edit |
ラビのお話のあと、ついに待ったユダヤ教の「コウシャ」ランチの時間になりました。
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その日の見学会に参加した総勢50人ですが、シナコ-グ内の食堂にお食事は用意されていました。
ここでは結婚式や何かの会で、ユダヤ教の方達が一同に会い、会食をする場所なのだそうです。
1週間くらい前に、メニュ-を決めて、みんな既に注文済みでした。
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私は鶏肉の腿肉のユダヤ風、というお料理を注文していました。

ユダヤ教では、乳製品とお肉と言う組み合わせは絶対に駄目なので、フランス料理風に、クリ-ムソ-スというのは決してあり得ない組み合わせだそうで、なので今回もブラウンソ-スでした。
特にいつも食べている欧米風料理と何も変わりはないのですが、もちろんこちらは「コウシャ」料理で、全て「ハラル」という作り方をしたものです。
詳しい作り方はその素材によって違うのでしょうけれど、そもそも基本的に作り方が違うのか、製造過程がちょっと違うのか、などはあまりよくわかりませんでした。

私はお料理と一緒に赤ワインをいただきましたが、ワインに関して言えば、最初の3年間は葡萄は全部破棄した後、4年目の葡萄をワインにするような方法でワインは製造しているそうですが、特に美味しいということもなく、ワインの国フランスではない、ドイツでさえもこのくらいの値段でもう少し美味しいワインはあるわね、という感じでした。

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デザ-トは「クレ-プのオレンジソ-ス」で、こちらも鶏肉料理同様、普通に美味しかったです。

今回私が心に一番残ったものは、にんじんのグラッセだったんですが、お砂糖にシナモン風味をつけていたようで、これは大変おいしくて我が家でも真似してみようと思いました。
でもこれは特に「コウシャ」料理だから、というわけではないと思われます。

それでユダヤ教には関係のない総勢50人で会食を楽しみ、その日のシナゴ-グ見学会は無事終了と相成りました。
会食だけでも2時間以上かかり、ゆっくりとした穏やかな時間を過ごしました。

いつかはイスラム教のモスクへも行ってみたいです!

なんといっても移民大国、その中でもトルコ人の多さでは負けないドイツなんで、シナゴ-グを探すより、モスクを探した方がある程度の大きさの街であれば、必ず見つけることができるくらいです。

ですが、モスクだと必ず頭に布をかぶっていかなければならないし、女性は色々な決まりがあるでしょうから、大変そうです。

ちなみに、カトリック教会では男性は必ず帽子を脱いで入らなければならず、ユダヤ教のシナゴ-グの場合は男性は必ず帽子をかぶって入らなければならず、聖ペテロを一段高く見ているカトリックと、神の友達である自分たちと考えるユダヤ教の違いのようですが、礼儀をあらわるという意味ではどちらも同じですね。

色々な宗教、面白いです。
2018年02月27日 (火) | Edit |
日曜日に近郊の大きな都市で、シナゴ-グ見学会という催しに参加しました。
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数年前に近郊の近くのシナゴ-グを見学してからずっと一度大きな街のシナゴ-グも見てみたいと思っていたので、とても楽しみにしていました。
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中の礼拝堂にて、まずは2時間ほどユダヤ人のラビ(指導者)のユダヤ教に関する色々な説明がありました。
本来は男性は1階、女性は2階というように離れて座るのですが、今回は全員1階の礼拝堂に入れてもらい、お話を聞かせていただきました。
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↑ こちらは2階の女性用の席です。
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私がとっても面白いなあ、と思ったのはこちらの本でした。
ドイツ語とヘブライ語で書かれています。ちなみにヘブライ語は欧米語と反対で、一番上、右から左へ読んでいくので、開ける最初のペ-ジもドイツ語の本と反対側からはじまります。
ドイツでもカトリックは長年ミサはラテン語で執り行われていました。
例えば、うちの町のまだ80歳前の神父様ですが、その方達の子供時代でもミサはラテン語だったとおっしゃっていました。
ユダヤ教はラテン語ではなく、ヘブライ語なんですが、今回説明して下さったラビも、自分の両親はヘブライ語を話したが、最近の60歳以下の人達はヘブライ語がわからないから、ドイツ語と両方を載せているのだそうで
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『タナハ』ですが中は左がドイツ語、右がヘブライ語です。

ところでユダヤ教の方は小さな帽子をかぶっていますが、何故だかご存知ですか?
あれは神様友達の意味だそうです。
カトリックの法皇様も被られていますが、法皇様の場合は聖ペテロの象徴、ペテロは神の子イエズス様の友達であるという証が、あの帽子で、だからカトリックの法皇様もあの小さな帽子を頭に乗せておられます。もちろんイエズス様もペテロももともとはみんなユダヤ人だったわけですから、ユダヤ教から来た意味もたくさんあるわけですね。

ユダヤ教徒は実は一日に3回礼拝堂に来なければならない、とか、金曜日は車に乗ってはいけない上、1kmしか徒歩でも歩いてはいけないとか、ハラルの食べ物しか食べていけない、生魚は絶対駄目、とか色々な規則があるわけなんですが、
「何故?」と聞けば
「『タナハ(経典)』にそう書いてあるから」という答えしかもらえませんでしたが、これにはその答えをするラビご自身も笑っていらっしゃいました。
イスラム教徒も『コーランにそう書いてあるから』と必ず言いますし、とにかく経典に書いてあることが『絶対』なわけなんです。
もちろん、キリスト教徒も聖書の訓えをそのまま忠実に守っていた時代もありますし、今でもそういう方達もいるわけですから、宗教とはそういうもの、と理解するしかないようです。

でも全ての訓えを全て忠実に守っているわけでもない、とラビはおっしゃっていました。
例えば1日3回礼拝堂にとか、金曜日は車に乗らないとかは無理なようです。

この2時間の講義のあと、実際の「コウシャ」のお食事会でしたが、長くなりましたので、そのお料理については次回、ご紹介させていただきますね。

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こちらは第二次世界大戦前の破壊される前のシナゴ-グの絵です。
本当に美しいですね。